1月18日 政府の捕捉説明
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/01/13 18:35 投稿番号: [311 / 2250]
児島襄著 『日中戦争4』 275〜277p
二日後 (18日)、日本政府は、さらに次のような 「補足的声明」 を発表した。
「爾後国民政府ヲ対手トセズト云フノハ、同政府ノ否認ヨリモ強イモノデアル」
それというのも、外務省は 「対手トセズ」 声明を発表するさい、なお将来の
交渉の可能性を考えて、「相手」 とすべきところを 「対手」 にかえた、という。
「相手」 を 「対手」 にすればその意味になるかどうかは、はっきりしないが、
いずれにせよ、声明にたいしてはその 「軟調子」 を批判する声が高まった。
明確に蒋介石政権を否認したらどうか。
すでに北支に誕生している臨時政府は、いわば 「漢奸」 になる覚悟で日本に
協力している。まだ同政府を正式承認できないのであれば、なおのこと、
激励の意味からも蒋否認ぐらいは声明すべきではないか……。
そこで、政府の再声明となり、「補足的声明」は、次のようにも強調していた。
「今回ハ……之(国民政府)ヲ抹殺セントスルモノデアル」
― ところで、
この 「対手トセズ」 声明については、しばしばその意義の重大さが指摘される。
日中両国大使の召還をともなって実質的な国交断絶をまねき、軍事課長田中大佐が
指摘する 「三つの支那」(西北共産支那、国民政府支那、親日支那) の並存をきそい、
つまりは 「日中戦争」 の泥沼化の 「元兇」 だ ― という。
のちに、首相近衛文麿も、
「この声明は、識者に指摘されるまでもなく、非常な失敗であった……従って……
再び重慶との撚 (よ) りを戻すことに種々手を打ったのであるが、成功せず……」
と、遺憾の意をこめて手記している。
だが、はたしてそうであろうか ― 。
問題は、「対手トセズ」 声明そのものよりは、この声明を生みだした
「母体」 にあったはずである。
これまでに述べたように、声明は、参謀次長多田中将が 「奇怪」 に感じたほどの
政府の強腰が推進力となり、参謀本部も結局は同調して、誕生した。
そこには、必至の長期戦にたいする用意はさらになく、あるのは 「政治的興奮」
だけであり、眼前に横たわるのは、政戦略の裏付けを欠く 「暗澹タル前途」 である。
そして、中国側は、とっくに和平拒否、抗戦継続を決定して、戦備にはげんでいる。
となれば、南京攻略にともなう和平条件の加重が、そもそもの発端であり、
声明発表までの内部論争も、声明を「失敗」だとみなす反省も、
すべては日本側の 「一方的空転」 にすぎなかった、といえる。
一方、
蒋介石は、「対手トセズ」 声明を知ると、まずは 「有一笑而己」 と述べ、
日本側がいう 「新興支那政権」 の樹立は、
要するに中国の領土主権を破壊する意図を宣言するものであり、かえって、
国際世論を反日親中国におしやる結果になる、との判断を示した。
ついで、蒋介石は、軍事委員会組織を、これまでの秘書庁と第一ないし
第六部であったのを、より戦時体制に適合する
軍政、軍訓、軍令、政治の四部に変え、次のような人事を発令した。
二日後 (18日)、日本政府は、さらに次のような 「補足的声明」 を発表した。
「爾後国民政府ヲ対手トセズト云フノハ、同政府ノ否認ヨリモ強イモノデアル」
それというのも、外務省は 「対手トセズ」 声明を発表するさい、なお将来の
交渉の可能性を考えて、「相手」 とすべきところを 「対手」 にかえた、という。
「相手」 を 「対手」 にすればその意味になるかどうかは、はっきりしないが、
いずれにせよ、声明にたいしてはその 「軟調子」 を批判する声が高まった。
明確に蒋介石政権を否認したらどうか。
すでに北支に誕生している臨時政府は、いわば 「漢奸」 になる覚悟で日本に
協力している。まだ同政府を正式承認できないのであれば、なおのこと、
激励の意味からも蒋否認ぐらいは声明すべきではないか……。
そこで、政府の再声明となり、「補足的声明」は、次のようにも強調していた。
「今回ハ……之(国民政府)ヲ抹殺セントスルモノデアル」
― ところで、
この 「対手トセズ」 声明については、しばしばその意義の重大さが指摘される。
日中両国大使の召還をともなって実質的な国交断絶をまねき、軍事課長田中大佐が
指摘する 「三つの支那」(西北共産支那、国民政府支那、親日支那) の並存をきそい、
つまりは 「日中戦争」 の泥沼化の 「元兇」 だ ― という。
のちに、首相近衛文麿も、
「この声明は、識者に指摘されるまでもなく、非常な失敗であった……従って……
再び重慶との撚 (よ) りを戻すことに種々手を打ったのであるが、成功せず……」
と、遺憾の意をこめて手記している。
だが、はたしてそうであろうか ― 。
問題は、「対手トセズ」 声明そのものよりは、この声明を生みだした
「母体」 にあったはずである。
これまでに述べたように、声明は、参謀次長多田中将が 「奇怪」 に感じたほどの
政府の強腰が推進力となり、参謀本部も結局は同調して、誕生した。
そこには、必至の長期戦にたいする用意はさらになく、あるのは 「政治的興奮」
だけであり、眼前に横たわるのは、政戦略の裏付けを欠く 「暗澹タル前途」 である。
そして、中国側は、とっくに和平拒否、抗戦継続を決定して、戦備にはげんでいる。
となれば、南京攻略にともなう和平条件の加重が、そもそもの発端であり、
声明発表までの内部論争も、声明を「失敗」だとみなす反省も、
すべては日本側の 「一方的空転」 にすぎなかった、といえる。
一方、
蒋介石は、「対手トセズ」 声明を知ると、まずは 「有一笑而己」 と述べ、
日本側がいう 「新興支那政権」 の樹立は、
要するに中国の領土主権を破壊する意図を宣言するものであり、かえって、
国際世論を反日親中国におしやる結果になる、との判断を示した。
ついで、蒋介石は、軍事委員会組織を、これまでの秘書庁と第一ないし
第六部であったのを、より戦時体制に適合する
軍政、軍訓、軍令、政治の四部に変え、次のような人事を発令した。
これは メッセージ 305 (kireigotowadame さん)への返信です.