12月15日のラーベの日記2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/10/03 17:20 投稿番号: [200 / 2250]
司令官と福田氏に別れを告げようとしているところへ、日本軍特務部長の
原田熊吉少将がやってきた。ぜひ安全区を見たいというので、さっそく案内した。
午後、いっしょに下関の発電所にいくことになった。
残念ながら、午後の約束は果たせなかった。
日本軍が、武器を投げ捨てて逃げこんできた元中国兵を連行しようとしたからだ。
この兵士たちは二度と武器を取ることはない。
我々がそう請け合うと、ようやく解放された。
ほっとして本部にもどると、恐ろしい知らせが待っていた。
さっきの部隊が戻ってきて、今度は千三百人も捕まえたというのだ。
スマイスと
ミルズと私の三人でなんとかして助けようとしたが聞き入れられなかった。
およそ百人の武装した日本兵に取り囲まれ、とうとう連れていかれてしまった。
射殺されるにちがいない。
スマイスと私はもう一度福田氏に会い、命乞いをした。
氏はできるだけのことをしようといってはくれたが、望みは薄い。
私は、もしかれらを処刑してしまったら、中国人がおびえ、
作業員を集めるのは困難になるといっておいた。
福田氏はうなずき、明日になれば事態は変わるかもしれないと言って慰めた。
この惨めな気持ちはたえられない。
人々が獣のように追い立てられていくのを見るのは身を切られるようにつらい。
だが、中国軍のほうも、済南で日本人捕虜を二千人射殺したという話だ。
日本海軍から聞いたのだが、アメリカ大使館員を避難させる途中、
アメリカの砲艦パナイが日本軍の間違いから爆撃され、沈没したそうだ。
死者二人。
イタリア人新聞記者のサンドリと梅平 (メイピン) 号の船長カールソンのふたりだ。
アメリカ大使館のパクストン氏は肩と膝に傷をおった。
スクワイヤーズも肩をやられた。
ガシーは足、アンドリューズ少尉は重傷で、ヒューズ海軍少佐も足を折ったらしい。
これは メッセージ 199 (kireigotowadame さん)への返信です.
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