入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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大量の投降兵に困惑する日本軍

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/09/22 16:40 投稿番号: [186 / 2250]
児島襄著『日中戦争4』223〜224p

  −   午後一時すぎ、

南京城内をすすむ各部隊は、次第に収容する中国兵捕虜の数をふやしていた。
第百十四師団第六十六連隊だけでも、すでに千数百人をかぞえていた。

捕虜は適時に後方の連隊本部、旅団司令部におくるが、各部隊ともにその処置に困惑した。
捕虜は、いわば〝扶養人口〟である。

敵ではあっても、武器を捨て降伏した以上は給養しなければならない。

「捕虜ハ   第四中隊警備地区内   洋館ニ収容シ、周囲ニ警備兵ヲ配備シ、其ノ食事ハ

捕虜二〇名ヲ使役シ、徴発米ヲ   炊爨 (すいさん) セシメテ支給セリ……

食ニ飢ヱタル彼等ハ、争ツテ貪食セリ」

第六十六連隊第一隊戦闘詳報にも、そう記述されている。


だが、数十人、数百人の捕虜なら、たとえ毎食に 「貪食」 されてもなんとかなろうが、
数千人、ひいては南京守衛軍主力の大部の数万人が投降してくるとなると、重大問題である。

日本側は、既述したように、第十軍は 「糧株ハ追送補給セズ」 と規定し、
現地徴発をたよりに南京への急進撃をかさねてきた。

その現地徴発は、中国側の 「焦土戦術」 のおかげで不如意にとどまり、
将兵はひたすら空腹に耐えている。

むろん、国際法は、交戦国に捕虜にたいする給養、必要な生活手段、
医療の供与を義務づけてはいるが、現実には、日本軍自身が 「飢ヱタル」 事情にある。

「白米はもはや一粒もなく……捕虜に食わせるものの持ち合せなんか
我軍には無いはずだった」

第十六師団第三十旅団長佐々木到一少将が、中国兵捕虜の群れを前にして、
そう、憮然と歎息するゆえんである。




幕府山で大量の投降兵を得る

戦史叢書『支那事変   陸軍作戦1』428p
山田支隊は十三日烏龍山を占領


東中野修道著『南京大虐殺の徹底検証』128p

(山田支隊第六十五連隊)   は、十二月十三日、霞棲街 (かせいがい) を通った。
霞棲街は宿泊の家もないほど、支那軍に放火されていた。

午後一時、第六十五連隊の第一大隊は揚子江岸の烏龍山砲台の占領に成功する。
次の目標は幕府山砲台の占領であった。幕府山は南京の北方三キロ先に位置する。

揚子江を睥睨 (へいげい) する、揚子江岸の山である。南京防衛の観点からすれば、
その幕府山要塞は支那軍にとり最後の防衛線であった。

ところが、意外にも支那兵の抵抗は弱かった。日本側にも戦死者や重傷者が出たものの、
抵抗らしい抵抗は見られなかった。支那兵は白旗を掲げ、続々と投降してきた。

そのときの模様を、「山田栴二日記」 は、

「他師団ニ 砲台ヲトラルルヲ   恐レ午前四時半出発、幕府山砲台ニ向フ、

明ケテ   砲台ノ附近ニ到レバ   投降兵莫大ニシテ   仕末ニ困ル」

と記録する。
夜が明けて 「莫大」 な投降兵集団に遭遇する。それが十二月十四日のことであった。
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