12月13日 南京城外南西部での激突
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/09/14 18:30 投稿番号: [178 / 2250]
南京の北東部で佐々木隊が激闘を繰り広げていたころ
南西部でも脱出軍との激突があっていた。
児島襄著『日中戦争4』219〜221p
水西門の北西に集結した第七十四軍の第五十一、第五十八師は、
しかし、城外に出て、揚子江沿いに南進する準備をととのえた。
そこで、十二月十三日
−
日本側にとって 「南京城突入」 の日の戦いは、
まず、西側を脱出南下する中国軍第七十四軍と、
退路遮断のために北上する第六師団第四十五連隊主力との交戦で、
開幕したのである。
この日も朝霧が濃く、日出前の午前六時すぎでは、第四十五連隊がすすむ江岸一帯は
闇につつまれ、右手の南京城壁も城内の火焔を背にして黒い森のようにみえる。
第十一中隊の尖兵小隊長赤星中尉が、出発を歩哨に指示すべく本道に出て、
人の気配をたよりに近づくと、相手もこちらをたしかめるためか、顔をよせてきた。
(ご苦労……) と唇を動かしかけたとたん、中尉は相手に気づいて、立ちすくんだ。
敵
―
である。しかも、相手は将校斥候らしく、
中尉は数人の兵の銃剣にかこまれ、敵将校と対面していたのである。
「私は軍刀に手をかけようと思うが、動けば直ぐやられるような気がして、
どうしてどうして生きた心地は致しません」
闇の中の緊張の対峠がつづいたが、敵将校がふと一歩をふみだしたとき、
中尉は、夢中で軍刀をぬいてふりまわし、横の溝に身を投げだして、
敵襲ッ、敵襲ッ、と連呼した。
脱出してきた中国軍第七十四軍主力は、約六千人。 優勢であるうえに、
生きのびようとする決意に燃えているので、その攻撃もはげしかった。
チャルメラ風の中国軍ラッパを、日本側では 「テラテラ喇叭」 と呼んでいたが、
第七十四軍はそのラッパを吹き鳴らして、第四十五連隊に殺到した。
第十一中隊は、中隊長大薗庄蔵大尉が戦死してあやうく包囲されかけたが、
大隊砲と連隊主力の応援で危機をきりぬけ、逆に殲滅戦に移った。
中国軍第七十四軍は潰乱し、北に逆行する者、江岸に逃げる者、
あるいは日本軍の間をすりぬける者にわかれたが、
南進した将兵は、待ちかまえた日本側の騎兵第六連隊の銃火になぎ倒された。
第四十五連隊は追撃し、北河鎮を経て 「大同製麺公司」 工場にたてこもる残兵を一掃した。
次いで、江岸に機銃をすえ、筏や戸板にすがって渡河しようとする敗兵を掃射し、
工兵が敵屍体を積んで急造した 「気味悪い橋」 をわたり、下関への道をいそいだ。
*
この戦いで、新たに、揚子江に浮かぶ漂流者や漂流死体が作られた。
しかし、これは戦闘によるものであって、無辜の市民の虐殺ではない。
これは メッセージ 177 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/178.html