1937年 和平条件の改訂1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/17 18:46 投稿番号: [1773 / 2250]
参謀本部では、戦線が進展したために、従来の和平案を改訂する研究を進めていました。
戦史叢書 『支那事変 陸軍作戦1』 461p
《 参謀本部第一部第二課第一班 (戦争指導班) では、十一月二十四日、
大本営政府連絡会議のあったその日 「現下緊急対策」 案を作成し
「現戦果ヲ拡張強化シツツ 速ニ 南京政府ト 日支全般問題ヲ
一括解決スルコトニ 諸般ノ措置ヲ講ス」 の方針のもとに、
各種対策を考究し、班長高嶋辰彦中佐が参謀次長に意見具申した。
次長は同意し、時機をみて最高国策を動かす決意をもったようであった。
次いで同班では、至急、軍の思想統一を図るため、
堀場一雄少佐が 「支那事変解決処理方針」 案を起案した。
その趣旨は
「事変解決ハ 日支間全般ノ問題ヲ 一括シテ根本的ニ 之ヲ行フモノトシ
其交渉ハ 日支直接ニ之ヲ行ヒ 第三国ノ干渉ヲ許サス
其過程ニ於テ 第三国善意ノ内面的斡旋ハ 之ヲ認ムルモ
正式交渉ニハ 関与セシムルコトナシ
解決条項中 満洲国ニ関係アルモノハ 両国ニ対シ別途承認セシムルノ処置ヲ執ル」
「解決ノ斡旋 又ハ 交渉中ト雖 (いえども) 支那側カ 全要目承認ノ時期迄ハ
休戦スルコトナク 所要ノ作戦行動ヲ継続ス」 とし、
次いで締結方針を述べ、締結条項としては
(一) 支那ハ 満洲国ヲ正式承認スルコト
(二) 支那ハ 北支 及 内蒙ニ 夫々 日満支互助共栄 及 防共強化ノ具現ヲ
容易ナラシムヘキ政権ヲ 樹立スルコト
(三) 支那ハ 排日及反満政策ヲ 放棄スルコト
(四) 支那ハ 防共政策ヲ確立シ 日満両国ノ同政策遂行ニ協同シ
尚満洲国ト共ニ 日独伊防共協定ニ 参加ヲ約スルコト 日満支三国又ハ
何レカガ三国以外ノ国ヨリ 受クル侵略 特ニ武力侵攻 及
共産赤化工作ニ対シテハ 三国商議ノ上 直接若ハ間接ニ
協同防衛ノ措置ヲ執ルコト
(五) 日本ハ支那ノ新上海建設ニ関シ 協力スルコト
(六) 日満支三国ハ 資源開発物資交易 航空連絡交通等ニ関シ
所要ノ互恵的協定ヲ 設定スルコト
(七) 支那ハ本事変ノタメ 日本居留民ノ受ケタル損害ニ対シ
補償ノ責ニ任スルコト
(八) 日本ハ 本条約ノ成立ト同時ニ 左ノ諸協定ヲ廃棄スルコト
梅津 ・何應欽協定、河北停戦協定、 土肥原 ・ 秦徳純協定、
上海停戦協定 (昭和七年)
としている。》
つづく
* この改定案では、居留民の被害に対する賠償が追加されています。
これまでは、賠償すら求めていなかったのです。
これほど譲歩していたにも関らず、それを蹴って侵略呼ばわりしていたのですから、
中国の悪質さがうかがわれます。
戦史叢書 『支那事変 陸軍作戦1』 461p
《 参謀本部第一部第二課第一班 (戦争指導班) では、十一月二十四日、
大本営政府連絡会議のあったその日 「現下緊急対策」 案を作成し
「現戦果ヲ拡張強化シツツ 速ニ 南京政府ト 日支全般問題ヲ
一括解決スルコトニ 諸般ノ措置ヲ講ス」 の方針のもとに、
各種対策を考究し、班長高嶋辰彦中佐が参謀次長に意見具申した。
次長は同意し、時機をみて最高国策を動かす決意をもったようであった。
次いで同班では、至急、軍の思想統一を図るため、
堀場一雄少佐が 「支那事変解決処理方針」 案を起案した。
その趣旨は
「事変解決ハ 日支間全般ノ問題ヲ 一括シテ根本的ニ 之ヲ行フモノトシ
其交渉ハ 日支直接ニ之ヲ行ヒ 第三国ノ干渉ヲ許サス
其過程ニ於テ 第三国善意ノ内面的斡旋ハ 之ヲ認ムルモ
正式交渉ニハ 関与セシムルコトナシ
解決条項中 満洲国ニ関係アルモノハ 両国ニ対シ別途承認セシムルノ処置ヲ執ル」
「解決ノ斡旋 又ハ 交渉中ト雖 (いえども) 支那側カ 全要目承認ノ時期迄ハ
休戦スルコトナク 所要ノ作戦行動ヲ継続ス」 とし、
次いで締結方針を述べ、締結条項としては
(一) 支那ハ 満洲国ヲ正式承認スルコト
(二) 支那ハ 北支 及 内蒙ニ 夫々 日満支互助共栄 及 防共強化ノ具現ヲ
容易ナラシムヘキ政権ヲ 樹立スルコト
(三) 支那ハ 排日及反満政策ヲ 放棄スルコト
(四) 支那ハ 防共政策ヲ確立シ 日満両国ノ同政策遂行ニ協同シ
尚満洲国ト共ニ 日独伊防共協定ニ 参加ヲ約スルコト 日満支三国又ハ
何レカガ三国以外ノ国ヨリ 受クル侵略 特ニ武力侵攻 及
共産赤化工作ニ対シテハ 三国商議ノ上 直接若ハ間接ニ
協同防衛ノ措置ヲ執ルコト
(五) 日本ハ支那ノ新上海建設ニ関シ 協力スルコト
(六) 日満支三国ハ 資源開発物資交易 航空連絡交通等ニ関シ
所要ノ互恵的協定ヲ 設定スルコト
(七) 支那ハ本事変ノタメ 日本居留民ノ受ケタル損害ニ対シ
補償ノ責ニ任スルコト
(八) 日本ハ 本条約ノ成立ト同時ニ 左ノ諸協定ヲ廃棄スルコト
梅津 ・何應欽協定、河北停戦協定、 土肥原 ・ 秦徳純協定、
上海停戦協定 (昭和七年)
としている。》
つづく
* この改定案では、居留民の被害に対する賠償が追加されています。
これまでは、賠償すら求めていなかったのです。
これほど譲歩していたにも関らず、それを蹴って侵略呼ばわりしていたのですから、
中国の悪質さがうかがわれます。
これは メッセージ 1771 (kir**gotowa**me さん)への返信です.