1937年 ルール無用の中国式戦法
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/28 18:48 投稿番号: [1675 / 2250]
日本軍は大場鎮を攻略し南下して蘇州河の近くにいきますと、困った事に直面しました。
中国軍は、外国の旗を悪用し、外国の権益を盾にする戦法をとっていたのです。
西岡香織著 『報道戦線から見た 「日中戦争」』
90p
《 支那軍は外国権益を楯にした卑劣な戦闘を平気で行い
・・・
外国権益の錯綜する此の地で、我が軍隊が、外国権益を保護して戦う
ということは、誠に至難中の至難である。
敵はドンドン大砲や機関銃を撃って来るのに、我が軍は租界の中に砲弾を落さぬため、
ミスミス大砲の有効射撃を止め、肉弾を以て敵陣地に突込むという、
無理な戦闘をしたのであった 》
91p
《上海事変を通じ、ビル等の建築物に拠る支那軍が、欧米各国の国旗を翻して
日本軍の砲撃をさけ、日本軍が近づくと国旗を倒して射撃を開始する 》
同様のことは、松井大将の東京裁判の証言にも出て来ます。
富士信夫著 『 南京大虐殺」 はこうして作られた』
158p
《 外国権益の保護で中国の戦場で事実上困惑したことは、
中国軍および中国の常民が米、英、独等の外国旗を濫用し、
日本軍の作戦を妨害する事実の少なくなかったことである。
例えば、揚州には外国権益は存在しないことは前もって調査の上明らかであった
にも拘らず、英、米、仏の国旗を揚げているものがあったので不審に思い
調査したところ、中国人が外国旗を濫用していたことが明らかになった。》
198p
《 一部の将兵はいわゆる便衣兵となり、軍服を脱ぎ、平衣を着て残留し、
我が将兵を狙撃し、我が軍の背後を脅かすことも少なくなく、
付近人民もあるいは電線を切断し、あるいは烽火を上げる等
直接間接に支那軍の戦闘に協力し、我が軍に幾多の危難を与えた。
また、同地付近に駐屯した米・英・仏諸国の軍隊もまた支那軍に同情して
幾多の支援を与え、我が軍の行動に故意に妨害を与えた事実がすくなくなかった。》
鈴木明著 『新 「南京大虐殺」 のまぼろし』 194〜195p
《『八一三淞滬 (しょうこ) 抗戦』・・・劉勁持は、こう書いている。
・・・
何日か経って、私はとんでもない話をきいた。
王敬久は八十七師の司令部と、共同租界を電話線で結び、
本人は (イギリス) 租界地から電話で指揮を出していた、というのだ。
一方、八十八師は蘇州河に沿った河岸に建っている堅牢な建物である
〝四行倉庫〟 に本部を移してしまった。この一帯なら対岸がイギリス租界だから、
日本軍も誤爆を恐れて空中から爆撃を行うようなことはなかった。》
秦郁彦著 『南京事件』 72p
《 歩41連隊第三大隊の戦闘詳報
「11月22日 15:00、計家湾ニ到着、コノ時敗残兵約二百白旗ヲ樹テ
数家屋ニ終結シアルヲ以テ捕虜トスベク努メタルモ、
至近距離ニ達スルヤ、ピストル、手榴弾ヲ以テ抵抗セルニヨリ
全部之ヲ刺殺又ハ射殺ス・・・」》
注 : 淞滬の 「淞」 はウースン (呉淞) で、 「滬」 は上海のこと。
よって、淞滬とは 呉淞〜上海地域をさす。
* こういう、中国人のルール無用のやり方が、外国人や市民に害を及ぼし、
日本軍の民間人に対する厳しい対応につながって来るわけです。
こういうやり方をしておいて、民間人、女、子供、を殺されたと言っても通りません。
非は中国側にあります。
中国軍は、外国の旗を悪用し、外国の権益を盾にする戦法をとっていたのです。
西岡香織著 『報道戦線から見た 「日中戦争」』
90p
《 支那軍は外国権益を楯にした卑劣な戦闘を平気で行い
・・・
外国権益の錯綜する此の地で、我が軍隊が、外国権益を保護して戦う
ということは、誠に至難中の至難である。
敵はドンドン大砲や機関銃を撃って来るのに、我が軍は租界の中に砲弾を落さぬため、
ミスミス大砲の有効射撃を止め、肉弾を以て敵陣地に突込むという、
無理な戦闘をしたのであった 》
91p
《上海事変を通じ、ビル等の建築物に拠る支那軍が、欧米各国の国旗を翻して
日本軍の砲撃をさけ、日本軍が近づくと国旗を倒して射撃を開始する 》
同様のことは、松井大将の東京裁判の証言にも出て来ます。
富士信夫著 『 南京大虐殺」 はこうして作られた』
158p
《 外国権益の保護で中国の戦場で事実上困惑したことは、
中国軍および中国の常民が米、英、独等の外国旗を濫用し、
日本軍の作戦を妨害する事実の少なくなかったことである。
例えば、揚州には外国権益は存在しないことは前もって調査の上明らかであった
にも拘らず、英、米、仏の国旗を揚げているものがあったので不審に思い
調査したところ、中国人が外国旗を濫用していたことが明らかになった。》
198p
《 一部の将兵はいわゆる便衣兵となり、軍服を脱ぎ、平衣を着て残留し、
我が将兵を狙撃し、我が軍の背後を脅かすことも少なくなく、
付近人民もあるいは電線を切断し、あるいは烽火を上げる等
直接間接に支那軍の戦闘に協力し、我が軍に幾多の危難を与えた。
また、同地付近に駐屯した米・英・仏諸国の軍隊もまた支那軍に同情して
幾多の支援を与え、我が軍の行動に故意に妨害を与えた事実がすくなくなかった。》
鈴木明著 『新 「南京大虐殺」 のまぼろし』 194〜195p
《『八一三淞滬 (しょうこ) 抗戦』・・・劉勁持は、こう書いている。
・・・
何日か経って、私はとんでもない話をきいた。
王敬久は八十七師の司令部と、共同租界を電話線で結び、
本人は (イギリス) 租界地から電話で指揮を出していた、というのだ。
一方、八十八師は蘇州河に沿った河岸に建っている堅牢な建物である
〝四行倉庫〟 に本部を移してしまった。この一帯なら対岸がイギリス租界だから、
日本軍も誤爆を恐れて空中から爆撃を行うようなことはなかった。》
秦郁彦著 『南京事件』 72p
《 歩41連隊第三大隊の戦闘詳報
「11月22日 15:00、計家湾ニ到着、コノ時敗残兵約二百白旗ヲ樹テ
数家屋ニ終結シアルヲ以テ捕虜トスベク努メタルモ、
至近距離ニ達スルヤ、ピストル、手榴弾ヲ以テ抵抗セルニヨリ
全部之ヲ刺殺又ハ射殺ス・・・」》
注 : 淞滬の 「淞」 はウースン (呉淞) で、 「滬」 は上海のこと。
よって、淞滬とは 呉淞〜上海地域をさす。
* こういう、中国人のルール無用のやり方が、外国人や市民に害を及ぼし、
日本軍の民間人に対する厳しい対応につながって来るわけです。
こういうやり方をしておいて、民間人、女、子供、を殺されたと言っても通りません。
非は中国側にあります。
これは メッセージ 1672 (kir**gotowa**me さん)への返信です.