入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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上海で日本人僧侶が殺される

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/26 18:45 投稿番号: [1414 / 2250]
児島襄著   『日中戦争2』   文春文庫
169p


《 上海居留民団の記録によれば、前年の   「満州事変」   から年末までの

三カ月間で、商社、商店、個人がうけた掠奪、暴行などの被害件数は

二百件をこえ、とくに通学児童にたいする妨害、悪戯は七百余件にも達して、

日本側の反撥を強めていた。》



174〜176p

《 一月十八日   −

上海で日本人僧侶が中国人暴徒に殺害されるという、

より一層に日中関係を悪化させる事件が突発した。

この日、上海郊外の屈家橋に草庵を設けて布教中の   『日本山妙法寺』

上海布教主任天崎啓昇は、楊樹浦方面に寒行に出かけることにした。

ウチワ太鼓をたたき題目をとなえて、街を行脚してまわるのである。



僧天崎啓昇は、僧水上秀雄、信者後藤芳平、同藤村国吉、同黒岩浅次郎と

ともに、午後三時、草庵を出発した。

僧二人は白の法衣、信者三人は洋服姿であった。

一行は、虹口   (ホンキュ)   方面から匯山路に出て、華徳路を東に進んだ。



じつは、先頭に立つ僧天崎啓昇は、この華徳路を平涼路と誤解し、

公大紡・第一廠工場付近に出るつもりであったが、道は馬玉山路に通じ、

やがて午後四時すぎ、一行は同路のタオル工場   『三友実業社』   横にさしかかった。

工場付近には、工員らしい中国人がたむろしていて、一行が近づくと、

朝鮮人だ、朝鮮人だ、と口走った。



だが、一行は 『日本山妙法寺』 と墨書した提燈をもち、

たたくウチワ太鼓にも寺名が明記してあった。

「日本人だ」 「日本人だ」   との叫びが起り、次いで   「殺   (や)   れ」

「殺せ」   の叫びにかわり、中国人群集約三百人が一行に大小の石塊を乱投した。

一行五人は、太鼓と腕で投石を避け、ひときわ高声で題目をとなえながら、

通りぬけようとした。



中国人群集は、一行に抵抗の意思がないことを察知すると、

喚声をあげておしよせ、棍棒と石、瓦、コンクリート杭などで五人を乱打した。

僧二人と信者後藤芳平は、法衣と服を血だらけにして倒れ、信者藤村、黒岩両人は

必死で逃れ、工部局警察の楊樹浦   (ヤンジッポ)   署によろめき込んで救援をもとめた。

楊樹浦署員は、二人を北四川路の日本人病院   『福民医院』   に送り、現場に急行した。



現場では、中国人暴徒は、信者二人が逃走したあとすぐに四散し、

遠望していた中国人巡警が付近に住む   『東華紡』   社員檀宗三郎とともに、

三人を亭国路のフランス病院   『聖心病院』   にはこんでいた。

三人は、翌日、『福民医院』 に移されて手当をうけたが、僧天崎は全治六カ月、

信者後藤は全治一カ年の重傷で、僧水上秀雄は二十四日、死亡した。》



*   ところでこの事件は田中隆吉が関東軍に頼まれて仕組んだと言っていますが、

   僧天崎は、道を間違えたのに、その間違えた道で襲われたのです。

   雇われた襲撃者が、予定のルートから外れた所で待ち伏せするでしょうか。

   田中隆吉は自然発生的事件を自分の手柄のように宣伝しているようです。
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