入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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国共内戦における中国の暴虐6

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/12 18:59 投稿番号: [1385 / 2250]
臼井勝美著   『満洲事変   戦争と外交と』   中公新書   5p


《 長沙在留の二五名の日本人は二十七日夜十一時五十分までに中の島に収容され、

その大部分九一名   (婦女子全部七三、男子一八)   がガン江丸で漢口に引き揚げた

(三十一日漢口到着)。



彭徳懐軍は二十七日夜から市内に進入を始め、二十八日正午までには約一万が入城した。

長沙市内には処々に火災が起こり、掠奪などで市中は混乱状態におちいった。

翌二十九日にかけて、省政府や国民党党部の建物、イギリス、アメリカ系の教会などが

焼き払われ、日本領事館、館員宿舎をはじめ、一般日本商店も焼き毀された。》



鈴木明著   『「南京大虐殺」   のまぼろし』   34〜35p


《 中国の現代史を描いた本で   「殺戮、虐殺」   等の文字の見えぬ本は一冊もない。

一九二七年、蒋介石の政権獲得から七年間にわたるはげしい 「剿共戦」 で、

かなりの一般民衆が 「虐殺」 をうけた・・・



エドガー・スノーの   『中共雑記』   をみよう。


「個人的逮捕、処刑は別にしても、

今日までに約三百万人が揚子江南北の全五回にわたる反共戦で、殺害されていた。

江西省ソビエト地区は、隆盛期には、二百五十万の人口を有していたが、

最後の反共戦で紅軍が止むなく撤退してのちの人口は、百五十万に過ぎなかった。

湖北、河南、安徽のソビエト地区では、国民党部隊の占領後、人口が六十万人も減少した。

江西、湖南、湖北辺境地区では、五十万人が (粛清) によって殺された」



ロバート・ペイン   『長征への道』   から。


「海陸豊地方は、国民党軍に包囲され、朱徳将軍率いる軍を歓迎した女たちは、

何一つ容赦されず、村はことごとく焼かれ、大部分の女は暴行をうけ、

ほとんど皆、銃剣で殺傷された」



アグネス・スメドレー   『中国紅軍は前進する』   から。


「紅軍が長沙の町を占領した瞬間から、国民党と帝国主義者どもは大恐慌におちいった。

戒厳令が海岸および河川流域の都市にしかれた。漢口、上海、広東、天津で

〝嫌疑者〟 の大量逮捕がはじまり、速射銃をもった特別警察が各工場に配置された。

そして、これら揚子江流域の姉妹都市は、連日大量虐殺の舞台となった」


そして、更にスメドレーは続ける。


「都市の外国新聞や国民党新聞は、気が狂ったのではないかと思われた。

長沙の街に焼き打ちをかけたのは紅軍だというのだ。

〝紅軍はすべての教会や商社、全住民の家を焼き払った〟

〝紅軍は数万の民衆を屠殺した!〟〝長沙にはもう処女はいない!〟

〝紅軍は略奪し、中国文化を破壊している!〟」

「尼さんのひとりがいった。〝紅軍は何百という金持を射殺しました!〟》



*   ここではエドガー・スノーの記述だけでも 300 万人が虐殺されています。

   便衣兵   (共匪)   狩りや、強姦、毒ガス、大量虐殺

   中国が   「日本軍がやった」   と言っている内容は、そっくり、ここにあります。

   数から行くと、南京の30万の方がはるかに少ないですけど。

   その30万も、人口20万の所で   「30万殺した」   ですから何をか言わんです。
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