検証・南京虐殺は組織的な犯行なのか(5)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/12/03 21:51 投稿番号: [1237 / 2250]
南京攻略戦に
直接参加した部隊の中で、上海派遣軍では
歩兵第六十五聯隊基幹Y支隊は、12月14日に捕獲した
14,777名の捕虜を、いったんは 学校に収容した。
支隊長の 日記によれば、15日に 捕虜の処置について
軍司令部と 打ち合わせしたこと、結果、皆殺しにせよと
指示があったことが 記されている。
そして、18日に支隊総出で「捕虜ノ仕末」に「精一杯」で
取り組み、支隊長はその様子を 「江岸ニ之ヲ視察」した。
それでも終わらなかったらしく、19日の午前中も 総出で
「捕虜仕末」を続行したため「出発延期」 になったとする。
この日記には、捕虜の「仕末」についての 具体的な方法は
記述されていないが、「江岸」 で実行されたことはわかる。
支隊が総力を挙げて精一杯取り組んでも 一日では終了せず、
かなり大変な作業となったようだ。
軍司令部の指示により 捕虜を殺害したことは 明白であり、
「捕虜仕末」の具体的方法が 記述されていないこと自体が
その残虐な実態を 物語っている。
他の幹部や兵士の記録によれば、「捕虜仕末」 の方法は、
捕虜を揚子江岸まで引き出し、数十人単位で刺殺し、遺体は
川に投げ捨て、さらに 死にきれない者は、銃殺したことが
記述されている。
一支隊だけで、少なくとも 1万数千人の捕虜を 殺害した
という事実が 分かる。
第九師団については史料が乏しいが、入城後の敗残兵剔出で、
歩兵第七聯隊戦闘詳報では6,670、同聯隊長の日記では
6,500を「処断」した と記されている。
南京に至る間の 戦闘や入城時に 同師団のその他の部隊が
まったく 捕虜を殺していない ということは あり得ない。
犠牲者の総数は 膨大なものになった と考えるべきだろう。
第十軍の第百十四師団では、歩兵第六十六聯隊第一大隊の
戦闘詳報が 残されている。 そこでは、12月10日から
13日のあいだに 捕虜1,657人を 捕らえたこと、
この捕虜を 旅団命令で14日に すべて殺したことを、
具体的に記述している。
その記述によれば、数日間にわたって 収容していた捕虜を、
上部の命令で、組織的に虐殺したことがあきらかにされている。
以下に 13日の記事の一部を 抜粋してみよう。
八、午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
イ.旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何
ロ.兵器ハ集積ノ上別ニ指示スル迄監視ヲ附シテ置クベシ
ハ.聯隊ハ旅団命令ニ依リ主力ヲ以テ城内ヲ掃蕩中ナリ
貴大隊ノ任務ハ前通リ
やはり 捕虜の大量殺害は、偶発的に発生した事件ではなく
日本軍の中国人に対する侮蔑、国際法規を無視した侵略行為
という背景によって引き起こされた 組織的な犯罪であった。
この事実を踏まえ、野蛮な戦争を 二度と起こさない決意と
人権の大切さ、平和の尊さを 胸にきざむべきだ と思う。
歩兵第六十五聯隊基幹Y支隊は、12月14日に捕獲した
14,777名の捕虜を、いったんは 学校に収容した。
支隊長の 日記によれば、15日に 捕虜の処置について
軍司令部と 打ち合わせしたこと、結果、皆殺しにせよと
指示があったことが 記されている。
そして、18日に支隊総出で「捕虜ノ仕末」に「精一杯」で
取り組み、支隊長はその様子を 「江岸ニ之ヲ視察」した。
それでも終わらなかったらしく、19日の午前中も 総出で
「捕虜仕末」を続行したため「出発延期」 になったとする。
この日記には、捕虜の「仕末」についての 具体的な方法は
記述されていないが、「江岸」 で実行されたことはわかる。
支隊が総力を挙げて精一杯取り組んでも 一日では終了せず、
かなり大変な作業となったようだ。
軍司令部の指示により 捕虜を殺害したことは 明白であり、
「捕虜仕末」の具体的方法が 記述されていないこと自体が
その残虐な実態を 物語っている。
他の幹部や兵士の記録によれば、「捕虜仕末」 の方法は、
捕虜を揚子江岸まで引き出し、数十人単位で刺殺し、遺体は
川に投げ捨て、さらに 死にきれない者は、銃殺したことが
記述されている。
一支隊だけで、少なくとも 1万数千人の捕虜を 殺害した
という事実が 分かる。
第九師団については史料が乏しいが、入城後の敗残兵剔出で、
歩兵第七聯隊戦闘詳報では6,670、同聯隊長の日記では
6,500を「処断」した と記されている。
南京に至る間の 戦闘や入城時に 同師団のその他の部隊が
まったく 捕虜を殺していない ということは あり得ない。
犠牲者の総数は 膨大なものになった と考えるべきだろう。
第十軍の第百十四師団では、歩兵第六十六聯隊第一大隊の
戦闘詳報が 残されている。 そこでは、12月10日から
13日のあいだに 捕虜1,657人を 捕らえたこと、
この捕虜を 旅団命令で14日に すべて殺したことを、
具体的に記述している。
その記述によれば、数日間にわたって 収容していた捕虜を、
上部の命令で、組織的に虐殺したことがあきらかにされている。
以下に 13日の記事の一部を 抜粋してみよう。
八、午後二時零分聯隊長ヨリ左ノ命令ヲ受ク
イ.旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ
其ノ方法ハ十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何
ロ.兵器ハ集積ノ上別ニ指示スル迄監視ヲ附シテ置クベシ
ハ.聯隊ハ旅団命令ニ依リ主力ヲ以テ城内ヲ掃蕩中ナリ
貴大隊ノ任務ハ前通リ
やはり 捕虜の大量殺害は、偶発的に発生した事件ではなく
日本軍の中国人に対する侮蔑、国際法規を無視した侵略行為
という背景によって引き起こされた 組織的な犯罪であった。
この事実を踏まえ、野蛮な戦争を 二度と起こさない決意と
人権の大切さ、平和の尊さを 胸にきざむべきだ と思う。
これは メッセージ 1236 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.