入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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◆馬鹿が用いる南京大虐殺嘘写真の解説

投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2011/12/02 18:25 投稿番号: [1221 / 2250]
実際には南京大虐殺の証拠写真は1枚もありません。

  http://www.history.gr.jp/~nanking/

  どこから、持ってきたのか解りませんが、厳寒の南京において半袖の夏の戦闘服を着た日本兵が死体の側に立っている変な写真ですとか、ソ連兵を日本兵だと説明していたり、文化大革命犠牲者の大量の骨の写真や昭和19年に製作されたアメリカの抗日、反日映画(『Battle of China』などの)の1シーンに全く異なる解説をしているものばかりです。
  写真雑誌等見て育った世代には、単純なヤラセ写真などは容易に見抜けるものです。
  南京大虐殺を宣伝している年齢は大体50代後半〜60代後半の団塊世代と呼ばれる人たちが中心であり、従軍経験は当然無く、軍事知識は皆無なのです。
  ですから簡単なヤラセ写真にひっかかり、信じ込んだり、意図的にウソを主張しているだけなんですけどね。
  真実は100年立っても200年経っても変える事は不可能です。
  いずれ必ず事実が広く知られる事を理解しましょう。
  私達にとっての祖父達をどうにかして“悪者”にしたてたいという気持ちは全く理解不能ですが、そういう親を見て育った子供達は決してそのような親の世代をを尊敬しません。
  むしろ侮蔑の目を向けられることでしょう。団塊世代が、いずれどのように評価されるのか見ておくことです。

馬賊(匪賊)という犯罪集団の処刑後の写真

  馬賊(匪賊)とは中国で清の末ごろまでの満州に広くはびこり、馬に乗り近隣の町を荒らし回った集団的な盗賊で、大正から昭和初期にかけて、中国の北部は群雄割拠する馬賊の時代でもありました。
  関東軍に爆殺された張作霖のように大小馬賊群ににらみを利かし、自ら大元帥と名乗った権力者もいたのです。さらに驚く事に当時は女馬賊もいた。
  当時の支那(中国)では農民は作物が不作の時には、農民が突如として馬賊に変身し近隣の村々を襲ったりもしていた事もあったそうです。
  それら馬賊は近隣の街を夜な夜な襲って金品を強奪し、殺人などを行っていた。(当時の中国の町は安全のため城壁で囲んでいたのはここに理由がある。)   満州鉄道も度々襲われていました。
  だが、彼らは捕まるとほとんど現地の警察などによって処刑され斬首されたりしたり(写真1-4)見せしめのため首を切りさらし首にしていた(写真1-1、写真1-2、写真1-3)。ここが日本人とは文化が違う事を表すポイントである。(注:日本では斬首、さらし首は江戸時代に廃止している。)
  ましてや昭和初期にこの様な野蛮な行為は一切行ってはいない)「南京」の市民なんて根拠のないウソである。少なくとも「虐殺派」は中国の文化について全く知識がないようだ。以下は全てその当時、みやげ物店などで販売されていた写真である。

南京戦における戦死者の死体(当然、戦争なのだ)

  よくぞまぁ、と言いたくなるくらいに「虐殺が有った!」と主張したい連中は戦闘で死んだ中国兵の死体をこれが「南京大虐殺だ!」などと臆面もなく発表しているのである。
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