中国人の訴えを信用するな2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/01 18:38 投稿番号: [1021 / 2250]
つづき
《 衆怨が沸騰するに及んでは、則ち一面の詞
(ことば)
を摂
(と)
りて、
教士
(せんきょうし)
を慫慂
(そそのか)
して官に謁
(めんかい)
して
剖白
(べんめい)
せしめ、あるいは情節を添砌
(つみかさ)
ねて
教士に
(官に)
手紙で申し送るよう求めるのである。
教士は性直にして、詭譎
(あやしげ)
な情形を知らず、
教民が実在
(じっさい)
にいじめられたと思って、遂に地方官と難を為す。
そのじつ、ひとたび対質
(といただし)
を経れば、事みな虚無なり、》
とあります。 ようするに、官憲は
「宣教師は、心が素直なので、中国人の嘘・デタラメが分らず、
それを信じて、役所に言いつける、困ったものだ」
とまー、こう言っているわけです。
この宣教師を
南京のラーベたちに、置き換え、
訴えているキリスト教徒を
南京の中国人に
何とかしろと言われている清国官憲を
日本軍当局に置き換えて見れば
全く同じパターンだという事が判ります。
清国官憲は
「訴えているキリスト教徒
(中国人)
は
嘘つきだから
信用するな」
と言っているわけです。
同様に考えると、ラーベたちに訴えている南京の中国人の言も信じてはいけない
ということになります。
> 教士は性直にして、詭譎
(あやしげ)
な情形を知らず、
教民が実在
(じっさい)
にいじめられたと思って、遂に地方官と難を為す。
そのじつ、ひとたび対質
(といただし)
を経れば、事みな虚無なり <
これを南京に応用しますと
“外国人は、性直にして、詭譎
(あやしげ)
な情形を知らず、南京市民が
実在
(じっさい)
に虐待されたと思って、遂に日本軍と難を為す。”
という所でしょう。
そして、現在の日本人も性直で善人心満載ですから、疑うことを知りません。
清国の官憲ですら、 「信じるな」
と言っていた事を信じて、
未だに間違いを繰り返しているわけです。
「嗚呼!」
かくして、宣教師が正しいと思って
「悪いキリスト教徒」
を庇い、
本当の被害者を処罰させたりした事が、一般民衆の恨みを買い、
被害者らが反キリスト教団体を結成、それが拡大して義和団へと発展していったのです。
これは メッセージ 1020 (kireigotowadame さん)への返信です.
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