Re: ロリン星改めカリン星
投稿者: weary100jp 投稿日時: 2006/04/18 22:12 投稿番号: [73800 / 95793]
議論の進め方には色々とあるようです。
日本ではジャッジがいてコリャコリャと議事進行して喧嘩の無いように纏めるディスカッションが一般的でしょうが、そのほかにもアーギュメントやディベート、そのほかきついのが有るようです。
Ojinさんの場合はこの内のディベートすなわち論争(ジャッジのいない一対一の知的喧嘩法)を自然に経験して来たと言う事でしょうね。
多分ここでは少しセーブしていると思いますけれど。
これはまだ日本人すべてには受入れられずらいのかも知れません。
しかし私なりの解釈としては逆にディベートなるものを行って論戦が終わった後は、その結果に付いて別にそれ程失望したり落胆したりする必要は無いかと思います。
目的が最も正しい事は何なのか・・でしょうからむしろ煮え切らない“なあなあ”の議論に終わった場合で、何となく釈然としない状態よりは好ましい気もするのですがいかがでしょうか?
ディベートについての事は只の喧嘩では無いという事は分かりますが、其の奥にはまだまだ三角ロジックやらなんやらと高度な議論の為の技術があるようです。
私にはこれ以上は勉強不足で分かりませんが概ねこのような認識で宜しいのでしょうかOjinさん。
だからキンカンさんOjinさんとの喧嘩は“特別なルールの無い、自由で知的な大人の喧嘩”なのですよ。
Ojinさんは経験者でしょうからすこし手ごわいかも知れませんが、自ら自信のある議論を考えたらどんどんアタックしてOjinさんを叩き潰せばよいのですよ。
仮に負けたとしても、キンカンさんの論理やアタックに見るべきものがあれば、“こいつ少しは根性あるな”と感じると思います。
それに彼らの日本と違う事の一つとして復活が認められているのですから、Ojinさんがカリン星の話を好むかどうかは分かりませんが又別の機会での得意な議論でOjinさんを叩き潰せば復活する事が出来るのですよ。
いずれにしても議論が決着すれば其の事はそこまでで、それだけなのです。
その後キンカンさんがこのトピに居ようが居まいが、議論するかしないか、電波飛ばすか飛ばさないか、どちらでも良いのですから、其の事に関してはあれこれ考えて自粛などする必要そのものが無いのです。
栃尾市には岩魚を釣りに行った帰りに寄って、あぶらげと越の影虎を買って帰って食べた事があります。
さすがにほだれ様は見た事は無いのですが、私は岩魚釣りに関してはすこしはまった事があります。
今は数年のブランクがありますが、そのうち又行きたいです。
私の場合は里山での釣りではなくて、滝まで上ります。
4時半を過ぎて明るくなると同時に山へ登り始めて、5時間位は走るように登り続けます。登りのマラソンです。
途中すずらんの咲く道なき道を・・・小さな滝を幾つか越えながら山頂付近まで上り詰めると、まるで天然のだれも手をつけていない日本庭園のような苔生す景観と美しい滝に遭遇します。
年一回の台風で必ずどの滝も沢も姿を変えます。
誰も見ていない滝の景観一回きりです。
誰も居ない緑の葉陰から差し込む光、素晴らしい。
静かに水を打つ、滝の音・・素晴らしいです。
くたくたに疲労困憊してビールを冷やし、一気に飲み干します。
疲れが落着くとそーっと釣竿を持って滝壺に接近して、岩魚に気付かれないように糸を投げ入れます。
運良く岩魚が居れば必ず激しく食い付きます。
しかし勝負は一回、気付かれたり岩魚が居なければそれで勝負は終わりです。
でも、沢を下る時は色々な楽しみがあります。
山菜です。
V字谷には雪が両端からブリッジを造り、川はその下に直径数メートルのトンネルを造って流れます。
山菜は其の上の日の当たる所に沢山自生します。
トンネルをくぐったり山菜を取ったり、V字谷の両側の上の方からは幾つもの沢筋が落ちています。
そこに沿って私の大好きな天然のウドやタラの芽や色々な山菜が芽を出しています。
私はそちらの方のプロでは無いので少ししか持って帰りませんが、帰ってから天婦羅にしてビール・・うまい。
生きている事を実感します。
今までの釣果で、最大の岩魚は34cmでした。
竿が折れそうでしたね。
今日は良く書いた。
またお叱りを頂戴しそうで。
それでは。
日本ではジャッジがいてコリャコリャと議事進行して喧嘩の無いように纏めるディスカッションが一般的でしょうが、そのほかにもアーギュメントやディベート、そのほかきついのが有るようです。
Ojinさんの場合はこの内のディベートすなわち論争(ジャッジのいない一対一の知的喧嘩法)を自然に経験して来たと言う事でしょうね。
多分ここでは少しセーブしていると思いますけれど。
これはまだ日本人すべてには受入れられずらいのかも知れません。
しかし私なりの解釈としては逆にディベートなるものを行って論戦が終わった後は、その結果に付いて別にそれ程失望したり落胆したりする必要は無いかと思います。
目的が最も正しい事は何なのか・・でしょうからむしろ煮え切らない“なあなあ”の議論に終わった場合で、何となく釈然としない状態よりは好ましい気もするのですがいかがでしょうか?
ディベートについての事は只の喧嘩では無いという事は分かりますが、其の奥にはまだまだ三角ロジックやらなんやらと高度な議論の為の技術があるようです。
私にはこれ以上は勉強不足で分かりませんが概ねこのような認識で宜しいのでしょうかOjinさん。
だからキンカンさんOjinさんとの喧嘩は“特別なルールの無い、自由で知的な大人の喧嘩”なのですよ。
Ojinさんは経験者でしょうからすこし手ごわいかも知れませんが、自ら自信のある議論を考えたらどんどんアタックしてOjinさんを叩き潰せばよいのですよ。
仮に負けたとしても、キンカンさんの論理やアタックに見るべきものがあれば、“こいつ少しは根性あるな”と感じると思います。
それに彼らの日本と違う事の一つとして復活が認められているのですから、Ojinさんがカリン星の話を好むかどうかは分かりませんが又別の機会での得意な議論でOjinさんを叩き潰せば復活する事が出来るのですよ。
いずれにしても議論が決着すれば其の事はそこまでで、それだけなのです。
その後キンカンさんがこのトピに居ようが居まいが、議論するかしないか、電波飛ばすか飛ばさないか、どちらでも良いのですから、其の事に関してはあれこれ考えて自粛などする必要そのものが無いのです。
栃尾市には岩魚を釣りに行った帰りに寄って、あぶらげと越の影虎を買って帰って食べた事があります。
さすがにほだれ様は見た事は無いのですが、私は岩魚釣りに関してはすこしはまった事があります。
今は数年のブランクがありますが、そのうち又行きたいです。
私の場合は里山での釣りではなくて、滝まで上ります。
4時半を過ぎて明るくなると同時に山へ登り始めて、5時間位は走るように登り続けます。登りのマラソンです。
途中すずらんの咲く道なき道を・・・小さな滝を幾つか越えながら山頂付近まで上り詰めると、まるで天然のだれも手をつけていない日本庭園のような苔生す景観と美しい滝に遭遇します。
年一回の台風で必ずどの滝も沢も姿を変えます。
誰も見ていない滝の景観一回きりです。
誰も居ない緑の葉陰から差し込む光、素晴らしい。
静かに水を打つ、滝の音・・素晴らしいです。
くたくたに疲労困憊してビールを冷やし、一気に飲み干します。
疲れが落着くとそーっと釣竿を持って滝壺に接近して、岩魚に気付かれないように糸を投げ入れます。
運良く岩魚が居れば必ず激しく食い付きます。
しかし勝負は一回、気付かれたり岩魚が居なければそれで勝負は終わりです。
でも、沢を下る時は色々な楽しみがあります。
山菜です。
V字谷には雪が両端からブリッジを造り、川はその下に直径数メートルのトンネルを造って流れます。
山菜は其の上の日の当たる所に沢山自生します。
トンネルをくぐったり山菜を取ったり、V字谷の両側の上の方からは幾つもの沢筋が落ちています。
そこに沿って私の大好きな天然のウドやタラの芽や色々な山菜が芽を出しています。
私はそちらの方のプロでは無いので少ししか持って帰りませんが、帰ってから天婦羅にしてビール・・うまい。
生きている事を実感します。
今までの釣果で、最大の岩魚は34cmでした。
竿が折れそうでしたね。
今日は良く書いた。
またお叱りを頂戴しそうで。
それでは。
これは メッセージ 73799 (weary100jp さん)への返信です.
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