weary100jp さんよ、これは物語ではない
投稿者: k_g_y_7_234 投稿日時: 2006/04/03 01:14 投稿番号: [72350 / 95793]
当時、実際に起こったことじゃよ。ただ、多くの若い戦後の日本人にとっては、学校で教わらなかった、学校教育が深部にふれることを半ばタブー視してきた、だから事実が知らされておらなかっただけのこと。これは、戦争に巻き込まれた国や地域に対する戦後日本政府の遠慮に原因がある。
もう30年もまえになるかな、儂が南方の島々を再度訪れたとき、いずれの島の長老達も、はっきりとした日本語で大戦時の日本軍をなつかしく、そして好意的に回顧して話すのをよく耳にした。そこには、日本人に対する警戒心というものはなかったが、反面、日本軍はまたこの島にやってくるのかと聞く長老も何人かおった。
東南アジアでは、中華、華僑の間にも旧日本軍に好意的な人物が多い。
日本は、結果としてインド、東南アジアを含む、いわゆる大東亜共栄圏諸国の民族独立意識を覚醒させたことになる。これは、欧米列強の植民地政策とは異なり、現地住民を半ば家畜同然のように扱っていた欧米とは異なり、現地住民の人間性と能力を尊重した日本人の武士道精神によるところが大きいと考える。
「私のラバさん、酋長の娘、色は黒いが南洋じゃあ美人・・・」
「さらばラバウルよ、またくる日まで、しばし別れの涙の夕日・・・」
この歌詞にあるような異国に対する情緒を大概の兵隊達は抱いておった。補給がとだえ、食料も医薬品も底をつき、味噌・醤油もなく、だからといって現地住民から略奪することもなく、疫病に倒れた身で、圧倒的物量を誇る米軍に弾尽き果てるまで戦い、弾つきると着剣して突撃し、そして散っていった。
このような歴史は、戦後の義務教育では教えていない。例え記述があってもほんの数行であると承知しておる。ことの成り行きの事実だけを単に列記し、数々のドラマにはふれていない。
中韓が当時の歴史認識云々を必要以上に主張すれば、これら無数の日本兵のドラマもことこまかに記述し、検証する必要があって、結果は中韓の貧弱な当時の状況を赤裸々に暴露しなければならないことになる。
日本の良いところは、高校・大学と進むにつれ、興味ある学生はさまざまな情報や資料にアクセスし、自由に研究できることにある。
○爺
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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