Re: ルモイ少将に 付いて検索。
投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2006/02/25 14:26 投稿番号: [69961 / 95793]
午前11時04分。爆弾投下から2分経過したばかりだ。
日本戦闘機1機が、我が編隊の上に急速に近づいて燐性弾を投下した。一どきに何機かのB-29を叩こうという魂胆だ。その一発がチャールズ ヒッバード中尉機の第1エンジンと第2エンジンのあいだに命中し、発火した火を消しとめる方法がない。
私たちの機の右側をヒッバード機と同じ編隊で飛ぶメーローとホドスンがヒッバードに声を掛け、「火焔が翼を舐めている。翼が溶けて火が翼内ガソリンに回ると、きっと爆発を起こす」と言っている。メーローとホドスンは「乗員を脱出させろ」とヒッバードに頼んでいる。「飛行機を海岸線まで持って行ってから脱出させる」とヒッバードが答える。
わが機はコーツ少佐機の投弾に合わせて爆弾を離していたので、ヒッバード機を見守るだけだが、いつ爆発を起こすか気が気でない。焔は機体全体に回っており、ヒッバードは機の制御を失いかけているらしく編隊から少し逸脱し始めた。
ヒッバードは機首を引き起こしながら、もう2、3分操縦できれば海上で乗組員を脱出させられると頑張っている。同機が左に滑ってわが機のほんの数フィート上に来たたとき、前部隔室のヒッバードと、リーと、ローランドの顔がはっきり見えた。3人が手を振る。それが別れの挨拶だとは私たちにも分かっている。
ヒッバード機がさらに編隊の左の方に滑り出ると、この燃えている日本の戦闘機がまた攻撃を掛け始めた。アンダースン、ホドスン、メーロー各中尉機が互いに被弾機を守ろうと寄り添いながら、なおもヒッバード機に「爆発する前に脱出せよ」と呼びかける。わが機の射手たちから「3、4人が脱出し落下傘が開いた」と報告がある。火焔がますます大きくなっている。
コーツ少佐機が僅かに右旋回している。コックスが増速してぴったり付いて行こうとしていると、日本戦闘機の一編隊が銃火を閃かせてわが機の機首めがけて急降下してくる。射手が一斉に応射する。コーツ機が被弾し、急に出力を失っている。コックスが少佐機の前にのめり出ないように機を懸命に操作する。
ヒッバード機の方を見ると、ちょうど機体が大爆発とともに空中分解し、火の玉となったところだ。 われわれは海岸線を出てまだ二分の位置だ。コーツ少佐から、「機の制御に問題あり、エンジン2機停止」と知らせがある。隊長機が硫黄島まで辿り着けるか、かなり疑わしい。銚子ポイント近くの 海岸を通過して基地に向いながら、私は例になく悲しい思いにとらわれた。私は、身近な戦友数名の死を至近距離で目撃したばかりだった。助けようにも手の下しようがなかった。
ヒッバードと私は、戦前ケンタッキー商科大学で学生時代を共にした友人同士であった。 数日前に、彼は新しく父親になったという知らせを受け取ったばかりだ。彼の喜びようは、隊内で見せていた満面の笑みに顕われていた。・・・略』
Chester Marshall操縦士は、その時の心境を「もし、目標上空で深刻な事態に陥ったら、燃える市街地に脱出しても生き延びられる可能性はまずないので、落下傘ははずしておこうと考えているのだと話した。脱出して降着でき、焼け死なずにすんだしても、きっと激晃した市民に嬲り殺されると思うのだ。そんなことなら、いっそ墜落する飛行機に身を任せる方がいい。少なくとも、その方がひと思いに死ねるだろう。」と語ったと言う。
出撃30回で無罪放免、B-29搭乗員は、通常11名の運命共同体です。Chester Marshall操縦士のCrewは何回も被弾しながら、後何回、後何回と無事を祈りながらギリギリで、爆撃任務飛行30回を1945.6.8に達成した。そして、日本軍の相次ぐ玉砕を尻目に祝杯をあげての帰還であった。彼らのギリギリは生還への希望であり、日本軍のギリギリは片道燃料がギリギリの絶望への出撃です。
http://www.sun-inet.or.jp/~ja2tko/jap/jap.b29/b29no2.html
日本戦闘機1機が、我が編隊の上に急速に近づいて燐性弾を投下した。一どきに何機かのB-29を叩こうという魂胆だ。その一発がチャールズ ヒッバード中尉機の第1エンジンと第2エンジンのあいだに命中し、発火した火を消しとめる方法がない。
私たちの機の右側をヒッバード機と同じ編隊で飛ぶメーローとホドスンがヒッバードに声を掛け、「火焔が翼を舐めている。翼が溶けて火が翼内ガソリンに回ると、きっと爆発を起こす」と言っている。メーローとホドスンは「乗員を脱出させろ」とヒッバードに頼んでいる。「飛行機を海岸線まで持って行ってから脱出させる」とヒッバードが答える。
わが機はコーツ少佐機の投弾に合わせて爆弾を離していたので、ヒッバード機を見守るだけだが、いつ爆発を起こすか気が気でない。焔は機体全体に回っており、ヒッバードは機の制御を失いかけているらしく編隊から少し逸脱し始めた。
ヒッバードは機首を引き起こしながら、もう2、3分操縦できれば海上で乗組員を脱出させられると頑張っている。同機が左に滑ってわが機のほんの数フィート上に来たたとき、前部隔室のヒッバードと、リーと、ローランドの顔がはっきり見えた。3人が手を振る。それが別れの挨拶だとは私たちにも分かっている。
ヒッバード機がさらに編隊の左の方に滑り出ると、この燃えている日本の戦闘機がまた攻撃を掛け始めた。アンダースン、ホドスン、メーロー各中尉機が互いに被弾機を守ろうと寄り添いながら、なおもヒッバード機に「爆発する前に脱出せよ」と呼びかける。わが機の射手たちから「3、4人が脱出し落下傘が開いた」と報告がある。火焔がますます大きくなっている。
コーツ少佐機が僅かに右旋回している。コックスが増速してぴったり付いて行こうとしていると、日本戦闘機の一編隊が銃火を閃かせてわが機の機首めがけて急降下してくる。射手が一斉に応射する。コーツ機が被弾し、急に出力を失っている。コックスが少佐機の前にのめり出ないように機を懸命に操作する。
ヒッバード機の方を見ると、ちょうど機体が大爆発とともに空中分解し、火の玉となったところだ。 われわれは海岸線を出てまだ二分の位置だ。コーツ少佐から、「機の制御に問題あり、エンジン2機停止」と知らせがある。隊長機が硫黄島まで辿り着けるか、かなり疑わしい。銚子ポイント近くの 海岸を通過して基地に向いながら、私は例になく悲しい思いにとらわれた。私は、身近な戦友数名の死を至近距離で目撃したばかりだった。助けようにも手の下しようがなかった。
ヒッバードと私は、戦前ケンタッキー商科大学で学生時代を共にした友人同士であった。 数日前に、彼は新しく父親になったという知らせを受け取ったばかりだ。彼の喜びようは、隊内で見せていた満面の笑みに顕われていた。・・・略』
Chester Marshall操縦士は、その時の心境を「もし、目標上空で深刻な事態に陥ったら、燃える市街地に脱出しても生き延びられる可能性はまずないので、落下傘ははずしておこうと考えているのだと話した。脱出して降着でき、焼け死なずにすんだしても、きっと激晃した市民に嬲り殺されると思うのだ。そんなことなら、いっそ墜落する飛行機に身を任せる方がいい。少なくとも、その方がひと思いに死ねるだろう。」と語ったと言う。
出撃30回で無罪放免、B-29搭乗員は、通常11名の運命共同体です。Chester Marshall操縦士のCrewは何回も被弾しながら、後何回、後何回と無事を祈りながらギリギリで、爆撃任務飛行30回を1945.6.8に達成した。そして、日本軍の相次ぐ玉砕を尻目に祝杯をあげての帰還であった。彼らのギリギリは生還への希望であり、日本軍のギリギリは片道燃料がギリギリの絶望への出撃です。
http://www.sun-inet.or.jp/~ja2tko/jap/jap.b29/b29no2.html
これは メッセージ 69960 (kubotakaaki2005 さん)への返信です.
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