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年貢米の時代の商人課税方法

投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2006/01/07 11:01 投稿番号: [66580 / 95793]
>日本は   例の年貢米の時代?
商人からは   どのようにして徴収してたのでしょうね。

玄関の広さに応じてかけたのが「間口税」。
日本では、江戸時代に間口の広さで税を課していたところもありました。
しかし、そこは庶民の知恵、結局は間口が狭く、奥行きのある建物をつくることで節税を図っていました。
ここから、「うなぎの寝床」という言葉が生まれたともいわれています。

棟別銭(むねべつせん)
  棟別銭というのは、家屋の棟の数に応じてかけられた鎌倉から戦国時代の税金で、大名の住まいや神社、寺、橋の修理・造営に使われました。武田信玄の定めた「甲州法度」にも棟別銭のことが書かれています。
  この棟別銭の負担を軽くするために考えられたのが、テレビの時代劇でおなじみの長屋造りといわれています。

土倉役
鎌倉・室町時代の高利貸し業者。「とくら」ともいう。▽質物を保管する倉庫をもっていたので,この名がある。ゆたかな名主や問丸・酒屋のなかに土倉をかねる者が多かった。室町幕府が土倉に課した税を土倉役(倉役ともいう)といい,室町幕府の重要な財源となった。

酒屋役   さかややく
  室町幕府が酒屋に賦課した税の一種。酒壺役・酒壺銭とも酒麹役ともいう。1425年(応永32)の調べでは京中酒屋342戸,1戸の保有酒壺15〜20個。また京都周辺の各地は酒屋が多く,これらの人々は有徳人層が多く土倉を兼ねたため土一揆の目標となっている。鎌倉時代末期のころより酒造業は発達し,朝廷および荘園領主の財政窮迫も手伝って酒屋役が新設された。当初は神社の造営のための臨時課税でしかなかったが,南北朝以後になると財政の基礎となって,その後恒久化している。したがって室町政権下では京都および周辺で一種の営業税のごとき形で徴収した。そのため酒屋の分布が明確になり,なかには寺院の造酒も多く,金剛寺とか百済寺・天龍寺のごとき名は酒の銘柄となっている。朝廷でも造酒正中原家・広橋家が折半知行している。また権門勢家が自らの勢力地盤に課税したものもある。興福寺が奈良の東南菩提山の酒にかけているのが,その一例である。

運上・冥加……商業、工鉱業、漁業、運送業などの営業者に課税された江戸時代の雑税。運上も冥加も同じ意味で使われていた。

まあ、いつの時代でもさまざまな課税が有りさまざまな節税対策が有ったのです。
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