中国の反日デモ

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中国覇権主義大謀略事件ナンキン。その2

投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2005/12/22 13:17 投稿番号: [65687 / 95793]
6)   占領1ヶ月をたたず続々帰還する民衆   占領10日後の12月23日には「南京自治委員会」が結成され、陶錫山(トウシャクザン)が
委員長に推された。1月3日の結成大会には市民3千数百人が会場の鼓楼を取り巻いて、旗行列でこれを祝福した。   また、公称20万人の市民は、1ヵ月後の1月14日には25万人に増加した旨を国際委員会は発表している。これは、南京の治安が回復し郊外に避難していた民衆が正月を控えて続々帰還したためだ。   大虐殺の地獄のような街に、自治委員会が結成されたり大量の市民が帰還したりするだろうか。
7)   目撃者のない「累々たる死体の山」   東京裁判では、「南京城内は累々たる死体の山」「道路には2条の血の川が流れ」「流血は膝を没し」といかにも凄惨な状況が次々証言された。   裁判で「1万2千人の男女・子供が殺された」と証言した金陵大学のベイツ教授は占領当時インタビューを受けた東京日々新聞の特派員に「秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早く訪れたのは何よりです。」と答えて居る。(同紙12・26)   中国側証人でも直接の目撃者はいなく、当時の伝聞をもとにした証言しかない。南京における中国側犠牲者には、南京攻防戦での戦死者や、掃討作戦による敗残兵や
市民を装った便衣兵の被処刑者、中国軍に協力して死亡した市民などがある。   これらは純然たる戦死者及び準戦死者にあたるもので、戦時国際法で禁じている戦争犯罪でもなければ、虐殺にもあたらない。
8)   1人で5万人以上の殺害を目撃した?   「南京大虐殺」は東京裁判から始まった事件である。その裏付け資料を作るため中国は戦後「南京敵人罪行調査委員会」を作り14の団体を集まり、全市をあげての大々的な調査に乗り出した。   ところが大虐殺の情報が少しも集まらず、手をかえ品をかえて募集した結果1人の男が、私は日本軍が5万7418人を殺すのを見たと証言した。この男は魯甦(ロセイ)という警察官だが、果たして、人間ひとりの力で一桁の端数まで正確に数え上げることができるのかどうかー。
9)   「大虐殺」を決めつけた埋葬数そのものも架空   東京裁判の判決に決定的な証拠力をもっていたのが、南京における被害者の埋葬数である。この埋葬にあたった団体の証言では、崇善堂が約11万2千体、紅卍字会が約4万3千体、合わせて15万5337体処理したとなっている。   ところが紅卍字会の報告も作文の部分が多く、崇善堂は、当時埋葬活動をやっていなかったことが、中国側の資料(中華民国27年度〈昭和13年〉南京市政概況ほか)でバレてしまっている。   崇善堂は、事件後4ヵ間埋葬活動を行ったと証言したが、実際は事件8ヵ月後に活動を再開した団体であり、埋葬11万2千体は全く架空の話であることが判明した。
10)   どの証言にも出て来ない大虐殺の謎   日本軍占領下の南京城内外を、自動車で自由に視察できたマギー牧師は、東京裁判で2日間にわたり日本軍の残虐行為をあげつらっと。だが、弁護士の反対尋問に彼自身が目撃した殺人行為はただの一件のみ。それも誰何(スイカ)されて逃亡したため撃たれたという事件だった。   なお、当時の国際委員会が、YMCAや紅卍字会の青年を動員して占領下の南京での日本軍の非行を調査した62日間の記録がある。これによると殺人49件、障碍4件である。これをすべてクロと認めたとしてもどこから10万、20万という大虐殺の数字が出て来るのだろうか。
貼り付け元 <http://freett.com/iu/memo/Chapter-011212.html>
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