おはよう
投稿者: c_dur_sei 投稿日時: 2005/07/20 06:03 投稿番号: [55708 / 95793]
私は小さな頃こう思った。正しい、悪い、正しい、悪い、正しい、悪い、・・・これよくわかんない。
好き、嫌い、好き、嫌い、・・・・これならわかりやすい。
私が悪人でないことは、少しして自分でも判った。議論は捨てた。
私を拘束する箍(たが)はなかった。それは父母の生まれた時代でも破損がひどかった。
喰い過ぎては胸焼けし、引っ繰り返っては空を見る自由はあった。
私は社会へ出て、薄目を開けたまま仕事に忙殺された。
忙しさに感(かま)けて時は過ぎてゆく。休日連休なんのその。あってもクロールの息継ぎ
みたいにしてそれらは過ぎていった。
ある時、遠く古くから伝わってきた書物の解説書を読んだ。何か惹かれる。
そういったものの中から好きなものを選(よ)ってぽつぽつ読み始めた。
先賢は、お釈迦様に限らず、時々はすの華をひねってくれた。
しかし私には解らなかった。それでも気が向くと読んだ。
ある日、靴の紐を結ぼうとしてしゃがんだとき、何かが肩を叩いた。小さなことが一つ解った。
そしてもう少し目を開いた私は、書かれているものの実践を試みた。
些事でさえ実践となると気の遠くなるほど難しい。
別口
「 退位を認めない戦略を選択したのでしょう 」
いえ、御影(ぎょえい)の背後に八百万(やおよろず)の神々が写っていることは、よくあることだそうです。
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お前より植田ブリーカ(52913に既出)の変形技
「 年配噛(が)ませ 」
ベテランの熟練技
> またマウンティングやってるよ
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ほんと
このしと
じんけん
す○
。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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