叶わぬときの神頼み/宗教はアヘン
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/07/13 14:25 投稿番号: [54463 / 95793]
孔子は鬼神は敬して近寄らずと言った。
もし彼が道教の寺院に参ったりしてたら平凡で終わっただろうか。理論で割り切ったから儒教は完成したのかも。
あるいは道教の神が支援して天子になれたかもとも思う。
偉大な宗教家はどこか偏屈で、そして不運だ。
ところで宗教にかぶれてる人がこの板にいらっしゃらないのは同慶のいたりです。もし、気が狂うほどの窮地に追い込まれたら宗教にすがることも緊急避難的に正しいと思います。生きていさえすれば、また平穏な生活に戻れる可能性がありますから。
宗教と戦争が結びつきやすいのはその狂気の信者がいるからではないかと。そして狂気だからこそ宗教が栄え政治に力を得るのではないかと。
結婚式をキリスト教で、安産祈願を中山寺で、初詣は伊勢神宮とお稲荷様と氏神様、厄除けに八幡様、恋愛祈願は地主神社、合格祈願を天神様で、お葬式を仏式で、端午の節句を道教で、、、、楽しむゆとりに今までの苦労とそしてこれからの発展の広さを見るのであります。
これは メッセージ 54460 (sawayakanikoniko さん)への返信です.
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