中国の反日デモ

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gangtianjp氏へ

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/06/25 18:54 投稿番号: [51087 / 95793]
今日の午前中の議論は有意義だった。
あなたは日中間の歴史をどのていど理解してるのか判らないが、極東軍事裁判で切り取った満州事変からだけを見ているのではありませんか?

私は日中がおかしくなったのは第一次大戦からだと思ってる。
中華民国袁世凱の時代です。
この時代、青島ドイツ利権の返還問題と、関東州、南満州鉄道租借期間の延長問題が絡み、日本は「対華21ヶ条の要求」と言う形となり日中は紛糾した。

中国では第三革命とも言える状態で、1916年   袁世凱政権は崩壊、軍閥割拠の時代となった。
その間に、ロシア革命があり、尼港事件が起こった。
そして蒋介石の北伐が始まり、第一次南京事件が起きた。
米英の出兵要求に、日本の幣原外交はno.と答えた。
これは日英同盟を基礎とし、英国の東洋利権の番犬としての日本の国際的地位の変更を意味する重大政策転換となった。
以後、日英同盟は崩壊し、日本利権への保証処置の無いワシントン体制へと移行して行くのです。
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このような歴史的教訓から、私達日本人が学ぶものは、”日英同盟”を”日米安保条約”と読み替え、現在の外交政策に生かしていくべきなのです。
理想主義の幣原平和外交がもたらした、日本の破局への転落の歴史を肝に銘じ、進路を誤らないことだと思います。

このような主張をする私をあなたは富国強兵論者と思うだろうけど、日本が中国に求め続けたものは、近代化であり、それは法治主義だったことを理解していただきたい。
当時の中国は、相互の投資条約もなければ近代的通商取引が、武力を背景としなければ、成立できない封建的社会であり(現在でも残滓がある)、経済的投資とともに武力による保証を求め続けた結果でもあります。
その武力に群がる国内の便乗組の連中も問題を複雑にしていった。
もし、当時の中国で、経済的取引が、法的に保証されるならば、軍などの出る幕はなかった、と思います。
先ずは、これらの教訓から、相互に何を汲み取ってきているか、ですね。

私には先日の反日デモが義和団に見えますよ。
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