脱北者は卑怯者だ 1
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/27 00:08 投稿番号: [40852 / 95793]
二宮尊徳先生辻門井二邑の里正を教諭す
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常州真壁郡辻村の里正(庄屋・村長)を源左衞門、
同郡門井村の里正を藤藏という。
2村共に旗本斎藤某の領地。
斎藤氏は経済がうまく行かず借金が多く
領地に命じて今年に来年の税を前納させ、
それだけでなく時々用金と称して節度なく下々の民の金を取る。
このために2村の民は困難貧苦に堪えられず流浪の民になり、
戸数は減少、土地は荒れて衰貧極まった。
里正がしばしば地頭(斎藤某)に憐みを請うが許されない。
豊年でも人々は飢えて青い顔をしている。
周囲もこれを見ていつも同情し悲しみ嘆いている。
里正は貧しい民を倒して君の求めに応ずるにはしのびなくて
自分の金で補っていたが
地頭の費用はますます足りなくて際限なく要求が続く。
源左衞門と藤藏はおおいに君の思いやりのない無慈悲をうらんで話しあった、
「里正というものは村人を安楽に暮らさせるのを主とする。
そこでしばしば貧しい民のために憐みを請うた。
それなのに地頭は情け知らずで2村から際限なく取る。
衰村の貧民の米や金で、無限の要求に応ずることは不可能だ。
われわれが貧民と共に滅亡する日は近い。
それにくらべて二宮先生は3村の衰廃をたて直し
そこの民を父母が子供に恵むように撫育している。
すぐに桜町に行って物井の村民になれば将来の繁栄は間違いない。
早く苛酷な苦労を免れて情け深い人の民になるに越したことはない」と。
※●※●※
そこで2人連れ立って桜町に来て
非道な政治の下では暮らせないと嘆き、物井の村民になりたいと願った。
先生は深く憐れんで2人に教えて言った、
「あなた方の今日の不幸はじつに憐れむべきだが
祖先から住んでいる土地を去ってここの民になろうというのは
大いに道を失っている。
今、わたしが臣民というものの道を教えよう。
そもそも上に君となり下に民となるものは本来一つで二つのものではない。
一本の木の根と幹に枝葉が離れずについているようなものだ。
だから本根が朽ちるときは枝葉だけで生き残れない。
枝葉が枯れるときには本根もまた生き残ることができない。
あなた方が数百年来君となり民となって
平穏無事に続いてきたのは簡単なことではない。
祖先以来の主恩を顧みてそれを大きなことと見るか小さなことと見るか、
もし、大きなことと見るなら、
あなたの一代の力をすべてこれに報いたとしても
百分の一も報いることができるだろうか。
それなのに今怨みを懐くのは他でもない
君は君であり、民はたまたま民なのだとして、
利益を主にして義(=道徳・倫理)を忘れ、金だけを見て恩を顧みないためだ。
このために地頭の艱難にあたって君の憂いを憂いとせず、
ただその要求から逃れようと謀る。
果たしてこれが困難なときに臣民の義を尽す道だろうか。
さらに言えば万物皆盛んなときと衰えたときがある。
地球上のあらゆる物事が際限なく存在するといっても
一物も自然の盛衰・存亡を免れるものはない。
国に盛衰があり、家に盛衰があり、人に盛衰がある。
そのために盛んなものは必ず衰え、存在するものは必ず亡くなり、命あるものは必ず死ぬ。
これが天地自然の道理だ。
それならあなたの君家だけが盛衰がないということはありえない。
あなたの村だけが盛衰がないということもありえない。
あなたの家だけが盛衰を免れるということもないだろう。
あなたの君家は以前きっと盛んだったのだろう。
だから今衰える時の運がきて、必要経費が足りない。
そこでやむを得ず領地から取って不足を補う。
地頭の盛んなときは領地も盛んだ。地頭が衰えたときは村もまた衰える。
君が富むときには恵みは下々に及び、君が貧窮の時には下々がその憂いを受けるものだ。
これは枝葉がしぼみ枯れて、根もまた腐るようなもの。
そこで忠臣良民は君の艱難にあたっては命をなげだしその憂いを除き
祖先歴代の厚恩に報いようとする。
力が足りなければ死ぬまで。
収穫物や家財産はいうまでもない。
今君が恵み憐れむ心が薄く欲張りでむさぼるといってもその領地に求めるだけだ。
だから領地の物を取り尽したら
ちょうど薪が尽きて火が消えるようにその要求はきっと止む。
あなた方は時の運というものを知らず、
また、祖先以来受けた大恩を顧みてこれに報いようとする心がなく、
薪を抱いて火に向かい火が消えることを求めているようだ。
早く抱いている薪を火中に投じてしまえば
薪が尽きて火は燃えるとこ
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常州真壁郡辻村の里正(庄屋・村長)を源左衞門、
同郡門井村の里正を藤藏という。
2村共に旗本斎藤某の領地。
斎藤氏は経済がうまく行かず借金が多く
領地に命じて今年に来年の税を前納させ、
それだけでなく時々用金と称して節度なく下々の民の金を取る。
このために2村の民は困難貧苦に堪えられず流浪の民になり、
戸数は減少、土地は荒れて衰貧極まった。
里正がしばしば地頭(斎藤某)に憐みを請うが許されない。
豊年でも人々は飢えて青い顔をしている。
周囲もこれを見ていつも同情し悲しみ嘆いている。
里正は貧しい民を倒して君の求めに応ずるにはしのびなくて
自分の金で補っていたが
地頭の費用はますます足りなくて際限なく要求が続く。
源左衞門と藤藏はおおいに君の思いやりのない無慈悲をうらんで話しあった、
「里正というものは村人を安楽に暮らさせるのを主とする。
そこでしばしば貧しい民のために憐みを請うた。
それなのに地頭は情け知らずで2村から際限なく取る。
衰村の貧民の米や金で、無限の要求に応ずることは不可能だ。
われわれが貧民と共に滅亡する日は近い。
それにくらべて二宮先生は3村の衰廃をたて直し
そこの民を父母が子供に恵むように撫育している。
すぐに桜町に行って物井の村民になれば将来の繁栄は間違いない。
早く苛酷な苦労を免れて情け深い人の民になるに越したことはない」と。
※●※●※
そこで2人連れ立って桜町に来て
非道な政治の下では暮らせないと嘆き、物井の村民になりたいと願った。
先生は深く憐れんで2人に教えて言った、
「あなた方の今日の不幸はじつに憐れむべきだが
祖先から住んでいる土地を去ってここの民になろうというのは
大いに道を失っている。
今、わたしが臣民というものの道を教えよう。
そもそも上に君となり下に民となるものは本来一つで二つのものではない。
一本の木の根と幹に枝葉が離れずについているようなものだ。
だから本根が朽ちるときは枝葉だけで生き残れない。
枝葉が枯れるときには本根もまた生き残ることができない。
あなた方が数百年来君となり民となって
平穏無事に続いてきたのは簡単なことではない。
祖先以来の主恩を顧みてそれを大きなことと見るか小さなことと見るか、
もし、大きなことと見るなら、
あなたの一代の力をすべてこれに報いたとしても
百分の一も報いることができるだろうか。
それなのに今怨みを懐くのは他でもない
君は君であり、民はたまたま民なのだとして、
利益を主にして義(=道徳・倫理)を忘れ、金だけを見て恩を顧みないためだ。
このために地頭の艱難にあたって君の憂いを憂いとせず、
ただその要求から逃れようと謀る。
果たしてこれが困難なときに臣民の義を尽す道だろうか。
さらに言えば万物皆盛んなときと衰えたときがある。
地球上のあらゆる物事が際限なく存在するといっても
一物も自然の盛衰・存亡を免れるものはない。
国に盛衰があり、家に盛衰があり、人に盛衰がある。
そのために盛んなものは必ず衰え、存在するものは必ず亡くなり、命あるものは必ず死ぬ。
これが天地自然の道理だ。
それならあなたの君家だけが盛衰がないということはありえない。
あなたの村だけが盛衰がないということもありえない。
あなたの家だけが盛衰を免れるということもないだろう。
あなたの君家は以前きっと盛んだったのだろう。
だから今衰える時の運がきて、必要経費が足りない。
そこでやむを得ず領地から取って不足を補う。
地頭の盛んなときは領地も盛んだ。地頭が衰えたときは村もまた衰える。
君が富むときには恵みは下々に及び、君が貧窮の時には下々がその憂いを受けるものだ。
これは枝葉がしぼみ枯れて、根もまた腐るようなもの。
そこで忠臣良民は君の艱難にあたっては命をなげだしその憂いを除き
祖先歴代の厚恩に報いようとする。
力が足りなければ死ぬまで。
収穫物や家財産はいうまでもない。
今君が恵み憐れむ心が薄く欲張りでむさぼるといってもその領地に求めるだけだ。
だから領地の物を取り尽したら
ちょうど薪が尽きて火が消えるようにその要求はきっと止む。
あなた方は時の運というものを知らず、
また、祖先以来受けた大恩を顧みてこれに報いようとする心がなく、
薪を抱いて火に向かい火が消えることを求めているようだ。
早く抱いている薪を火中に投じてしまえば
薪が尽きて火は燃えるとこ
これは メッセージ 40790 (minzoku_sabetukinshi さん)への返信です.
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