中国の反日デモ

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国家と良心-3

投稿者: easysea009 投稿日時: 2005/05/06 16:49 投稿番号: [30409 / 95793]
  言葉を否定する行動の数々

考えてみてほしい。日本の「たび重なる謝罪」という日本の言葉はちゃんとした行動によってバックアップされたのだろうか。先日読んだ地元の雑誌記事が指摘していたのは、「問題は日本の側に一貫性がない」ということだ。せっかく歴代の指導者が真摯な謝罪の言葉を口にしたとしても、その後の指導者や政治家たちが、それを反故にしてしまうような発言や行動を繰り返し起こしている。

そんなことを許してしまえば、だれだって「日本の謝罪は口だけで信用ならない」と思うのは当たり前のことだ。冷静に考えれば、これがいかにバカバカしい行為か、中国や韓国の人々に指摘されなくてもわかるはずだ。それがわからないということは、日本の側によっぽど問題があると思わざるを得ない。感覚が完全に麻痺しているとしか思えない。

この一貫性のなさという点こそが、ドイツと際立って異なる点だ。もちろん、ドイツにだって戦後処理ということでいけば、対トルコ、対ギリシャでは解決していないとドイツ問題に詳しい知人が教えてくれたとおり、完璧に処理されたわけではない。しかし、それでもナチスドイツに破壊された隣国がドイツを許し、そしてドイツの謝罪とそれをバックアップする行為を受け入れ、ともに歩もうとしたわけだ。我が日本もそこから学ぶことは大いにあると思うのだが、いかがだろうか。

靖国問題が出たとき、こちらにいる何人かのドイツ人の友人たちにいわれた。「ヒットラーを祀った神殿にシュローダー首相が閣僚を連れてお参りするようなものだ。それをドイツ国民も周辺国も許すわけがない。どうして、賢明なる日本国民がこんな単純なことがわからないのだろう」。残念ながら、そのような単純・明快なることをいまだに許している我が国民は、賢明ではないといわざるをえない。

ドイツの場合、先の大戦の責任を一切合財ヒットラーとナチスに押し付けることで、新たな国づくりをするという国家的、および国際的なコンセンサスをつくりあげることに成功したわけだ。ある意味、そこには「ドイツ的合理性」のようなものを感じる。

その背景には、私が思うに、ドイツに大きな敗戦が2度訪れたという事実が大きく関係していたのではないだろうか。第一次大戦に敗れた後のドイツでは、「あの戦争は続けていれば勝てていた戦だ。にもかかわらず、国内の共産主義者や一部の指導者が降伏してしまった。奴らの陰謀にしてやられた」という「不完全燃焼感」が残ることになった。そして、その感覚が、戦後の戦勝国による情け容赦ない戦後処理政策と大恐慌によりナチスの台頭を許す素地をつくることになってしまったといえる。

しかし、2度目の世界大戦を引き起こし、しかも惨敗してしまったドイツには、そうした「不完全燃焼感」が残るはずもなかった。素直に敗北を認め、その罪をナチスに負わせることで国の再出発を図るというコンセンサスの形勢は割と簡単に出来たのだろうと思う。そのコンセンサスが周辺諸国との間にも築き上げられ、ドイツはあれだけの被害を周辺国に与えたにもかかわらず、仲間として受け入れられることになったわけだ。
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