安倍さんのスピーチ(2)
投稿者: funfunfun1982 投稿日時: 2005/05/05 15:23 投稿番号: [29764 / 95793]
確かにFTAの推進に際しては、国際競争力が必ずしも十分でない農業などの国内産業からの反発があり、それは政治的に大きなリスクです。そのために日本は、FTAの推進に対して必ずしも積極的であるとはいいがたい状況にあります。しかし、グローバリゼーションの急速な深化に対応するには、資源をいかに効率的に、素早く配分するかがポイントとなります。しかも、我が国にとってグローバリゼーションと少子高齢化・人口減少の問題は、相互に密接に関連し合っているのです。もちろん我々は、少子高齢化の問題に対してあらゆる対策を講じていかなければならないことはいうまでもありません。少子高齢化が急速に進み、労働力などの分野で量的拡大を期待することができない日本にとって、政治的リスクを乗り越え、戦略的に政治決断を下さなければならないのです。
FTAをバネに国際分業を推進することによって、日本はもとより、アジア諸国が安定した「持続可能な成長」を遂げる道を切り開くことになると考えております。アジア地域のバランスある発展のために、ASEANとの連携に対しても戦略的にかつ機動的に対応すべきであります。それは、日米両国が2001年に確認し合った日米経済パートナーシップの方向性でもあるのです。
第二点は、日本がいかにして「国際貢献」を成し遂げていくことができるのかという課題であります。この問題は、憲法問題・安全保障と密接に関わっております。我が国は、小泉政権の下で、改革を推し進めておりますが、そうしたなか、「我々の手で新しい憲法をつくっていこう」という声が、国民に芽生え始めております。「民の声は神の声」(ラテン語;Vox populi vox dei-ウォークス・ポプリ・ウォークス・デイー)という格言がございますが、憲法を変えていこうとする国民の決意と精神を頑迷な護憲派の人々ももはや無視できなくなっています。国民的議論を経て、我々自身の手で憲法を書くことによって「独立の完成」をみることになります。その結果、さらに高度な「国際貢献」が可能になります。
憲法改正に関連して大きな論議を呼んでいる安全保障の問題につきましては、この後の質疑応答でじっくりと議論できるかと思っておりますので、ここでは集団自衛権について、私の基本的な考えを述べるにとどめたいと思います。
集団的自衛権については、国連憲章第51条に「国連加盟国には、個別的・集団的自衛権がある」ということが明記してあります。また、日米安全保障条約の前文にも「個別的または、集団的自衛権の固有の権利を有していることを確認し」と書いてあります。それでも、我が国政府は、国際法的には集団的自衛権を有していますが、我が国の憲法上、これを行使できないとの解釈をとってきたのです。そんな国内向けの理由で「集団的自衛権は行使できない」という理屈をいっても、世界には通用しません。これまでの日本政府の解釈では、色々な面で限界にきていることは改めて指摘するまでもありません。
我々の世代の責務の一つは、今までの政府解釈を変更して、行使を可能とすることです。それは結果として抑止力を高め、武力を行使する可能性を小さくさせることにつながります。
そろそろスピーチを終える時間がまいりました。
故パトリック・モイニハン上院議員は、その著Miles to goのなかで「政治は未来について論じるものである」と述べています。
政治家たるものは、未来を告げる声を聞き分け、未来を創造するアイディアを実践していく勇気を持つことであると考えます。それが我々の世代に求められている政治家の資質であると思います。
ご静聴有り難うございました。
(2005年5月2日、ブルッキングス研究所におけるスピーチ)
http://www3.s-abe.or.jp/modules/news/
FTAをバネに国際分業を推進することによって、日本はもとより、アジア諸国が安定した「持続可能な成長」を遂げる道を切り開くことになると考えております。アジア地域のバランスある発展のために、ASEANとの連携に対しても戦略的にかつ機動的に対応すべきであります。それは、日米両国が2001年に確認し合った日米経済パートナーシップの方向性でもあるのです。
第二点は、日本がいかにして「国際貢献」を成し遂げていくことができるのかという課題であります。この問題は、憲法問題・安全保障と密接に関わっております。我が国は、小泉政権の下で、改革を推し進めておりますが、そうしたなか、「我々の手で新しい憲法をつくっていこう」という声が、国民に芽生え始めております。「民の声は神の声」(ラテン語;Vox populi vox dei-ウォークス・ポプリ・ウォークス・デイー)という格言がございますが、憲法を変えていこうとする国民の決意と精神を頑迷な護憲派の人々ももはや無視できなくなっています。国民的議論を経て、我々自身の手で憲法を書くことによって「独立の完成」をみることになります。その結果、さらに高度な「国際貢献」が可能になります。
憲法改正に関連して大きな論議を呼んでいる安全保障の問題につきましては、この後の質疑応答でじっくりと議論できるかと思っておりますので、ここでは集団自衛権について、私の基本的な考えを述べるにとどめたいと思います。
集団的自衛権については、国連憲章第51条に「国連加盟国には、個別的・集団的自衛権がある」ということが明記してあります。また、日米安全保障条約の前文にも「個別的または、集団的自衛権の固有の権利を有していることを確認し」と書いてあります。それでも、我が国政府は、国際法的には集団的自衛権を有していますが、我が国の憲法上、これを行使できないとの解釈をとってきたのです。そんな国内向けの理由で「集団的自衛権は行使できない」という理屈をいっても、世界には通用しません。これまでの日本政府の解釈では、色々な面で限界にきていることは改めて指摘するまでもありません。
我々の世代の責務の一つは、今までの政府解釈を変更して、行使を可能とすることです。それは結果として抑止力を高め、武力を行使する可能性を小さくさせることにつながります。
そろそろスピーチを終える時間がまいりました。
故パトリック・モイニハン上院議員は、その著Miles to goのなかで「政治は未来について論じるものである」と述べています。
政治家たるものは、未来を告げる声を聞き分け、未来を創造するアイディアを実践していく勇気を持つことであると考えます。それが我々の世代に求められている政治家の資質であると思います。
ご静聴有り難うございました。
(2005年5月2日、ブルッキングス研究所におけるスピーチ)
http://www3.s-abe.or.jp/modules/news/
これは メッセージ 29762 (hsga_823 さん)への返信です.
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