反論とまでは行きませんが
投稿者: konanetranger 投稿日時: 2005/05/03 12:36 投稿番号: [28592 / 95793]
>明代には既にかなり漢人が満州に居住しており、清の前身である後金の軍人にもかなりの数の漢人がいたようです。
17世紀頃まで、朝鮮半島の北部の建州女真、西海女真、黒龍江地域の野人女真にわかれて、北元、朝鮮、明に臣従していた。その後、ヌチハチが満州(女真)族をまとめて、後金国を建設。
何で漢民族がいたかは知らないが、満州族にとっては望むべき自体ではなさそう。(^^
1616年の建国宣言が「七大恨」と言うこととその後の事を考えると漢民族は昔からやっている事は同じか?
清王朝成立後満州を天領した聞いています。漢民族を支配する為に満州族を満州から移住させて、天領(入ってはいけない場所)にしたと私は聞いている。
>19世紀後半からのロシアの南進政策への対抗上、清朝は漢族の満州への移住を積極的に進める政策に変更し、
また、漢民族の満州への移住を許可したのは19世紀の末。許可されたのは北人(山東、河北、海南、山西、せい西省人)
>したがって20世紀初頭から清朝末期には満州はもはや事実上漢族の地であったといえると思います。
当時の支配者はロシアでは?その後日本?それに19世紀の末から20世紀初頭に住んで漢民族の土地というのもおかしいのでは?
おまけに支配権もないし。
これは メッセージ 28561 (ymo2005jp さん)への返信です.
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