中国の反日デモ

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満州と中国(続)

投稿者: ymo2005jp 投稿日時: 2005/05/03 11:42 投稿番号: [28561 / 95793]
2)20世紀初頭の満州地域の状況

明代には既にかなり漢人が満州に居住しており、清の前身である後金の軍人にもかなりの数の漢人がいたようです。

清朝はその故郷である満州で漢族が膨張しないよう政策として満州への漢族の移住を制限していたとのことですが、

19世紀後半からのロシアの南進政策への対抗上、清朝は漢族の満州への移住を積極的に進める政策に変更し、

またおりからの大量の漢族の周辺地域への拡散移動に伴い、華北から多数の漢族が満州へ移動し、1912年の中華民国建国時の満州の人口はおおよそ1800万、そのほとんどが漢族と漢族に同化した満州族と言われています。

また清朝末期には漢人官僚が勢力を伸ばし、また軍事的には清朝正規軍である八旗は極めて弱体化し、満州も中国各地と同じく軍閥勢力が政治的にも軍事的にも実質支配していました。

したがって20世紀初頭から清朝末期には満州はもはや事実上漢族の地であったといえると思います。


3)日本政府の認識

1915年日本政府は中華民国政府に対し対華21箇条要求を出していますが、この中で満州における日本の権益を認めるよう要求しています。

従って、当時日本政府は満州に対する中華民国政府の主権の存在を認めていたと考えざるを得ません。

またワシントン会議に伴う1922年の9カ国条約でも“満州を含む中国の主権を侵害しない”という表現が見られますが、これを承認したということはやはり満州を中国の一部と考えていたとしか言えないでしょう。

明治維新から満州事変に至るまで日本の指導者が、漢人、満人の区別を重要視していたとは思えず、まして満州が中国の領土でないと考えて国家戦略を立てたとは到底思えません。

以上、“満州は中国固有の領土ではなく、したがって満州への侵略は中国への侵略ではない”とする議論は、巧妙な詭弁(しかも後付)であるとしか思えません。 反論歓迎します。
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