つづき
投稿者: jrdankai1974 投稿日時: 2005/05/01 13:28 投稿番号: [27402 / 95793]
また、戦死者を弔うという観点からいっても、靖国にこだわる必要はないと思います。
無宗教の追悼施設を創るというのはいい考えで、私もそれに賛成です。
ですが、戦死者を弔い、戦死者について思いを寄せるための場とは、ほかにもいくらでもあるはずです。
私は田舎暮らしで、よく近所の田園を自転車で走って回って、寺社や祠、石碑の類を見て回るのがすきなのですが、
日本の地方には、じつにいろいろなところに、戦死者を弔う小さな記念碑や墓石の類が建っているのを、ご存知でしょうか?
日露戦争と日中戦争の戦死者の墓碑が多いのですが、たとえば「山田一郎陸軍上等兵の墓」とあり、裏に回ると中国ナントカ省ナントカにて戦死」などと彫ってあります。
おそらくこの近在の人で、政治のことも中国のことも、よく知らず、赤紙一枚で駆り出されて出征していった人なのでしょう。もしかしたら、近所には、その人のことを直接知っている古老もまだ健在で、話を聞くこともできるかもしれません。
私は、日本中にあるこうした個々の戦死者を祀ったお墓や忠魂碑の類に対して、もっと目を向けて、大切にしていくべきと思います。
ここには、それぞれの個人の顔をもった兵士一人一人の霊が眠っています。
戦死者に思いをはせ、戦争について考えるには、こうした草の根の部分から入っていくべきでないでしょうか?
戦争を直接体験された年配の人ならともかく、
今の若い人が、靖国神社に参拝することを通じてのみ戦争や戦死者について考えるのは、いかがかと思います。
戦死者というものを、抽象化されたイデオロギーとして考えてしまいがちなのです。
これは メッセージ 27393 (jrdankai1974 さん)への返信です.
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