中国の反日デモ

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まぁ

投稿者: real_invective_king 投稿日時: 2005/04/23 01:00 投稿番号: [20049 / 95793]
東条英機という人物を知っているだろうか。知っている人のなかには「A級戦犯で、日本を戦争へ走らせた大罪人」というイメージを持っている人が多いと思う。自分自身もそうだった。事実、東条英機はA級戦犯として絞首刑に処されている。しかし真実の彼はどのような人物であったのか、知る人は少ない。

東条英機について少し説明したい。彼は陸軍のトップにして戦時中に総理大臣になった人物である。家庭では愛妻家のとても良いお父さん、という感じであったらしい。過激派の陸軍トップであった彼が総理大臣の地位についたのは周囲の策略によるものであった。つまり、陸軍のトップである東条を総理大臣にして、そこで「戦争をしない」という政策を発表させることが出来れば過激派の陸軍を押さえることが出来るだろう、という「毒をもって毒を制す」人事策だったわけである。東条は天皇(昭和天皇)から総理大臣に任命されると同時に和平工作をするようにとの命令を受けた。事実、東条も天皇直接の命令に背くことなく撤兵を押し進めるつもりだったらしい。しかしそれを知らないアメリカは「陸軍のトップが総理大臣になった」「日本は戦争をやるつもりだ」と誤解をしてしまったわけである。日米開戦の前夜、東条は一人寝室に正座し泣いていたという。「結局戦争を防ぐことが出来ず、陛下に申し訳ない」という気持ちであったのだろう。敗戦後、東条は極東裁判で死刑を言い渡された。全ての罪を東条に押しつけることで周りを納得させようとしたわけだ。

こんな話がある。戦争を押さえようとしていた東条宅に「腰抜け死ね」と書かれた手紙が何千通と届いたという。マスメディアは当初、反戦について書き立てていたが、反戦内容のものはどうも売れ行きがいまいちらしく、次第に戦争を煽るものを書き立てるようになった。国民もそういう内容のものを望んでいたわけである。つまり、日本を戦争に走らせたのは彼一人ではない、ということだ。

みんなで煽って、盛り上がって、失敗したら誰かをつるし上げることで自分を正当化させたり納得させたりする。戦争は人間の弱さと愚かさが垣間見える瞬間だなぁ、なんて感じたりする。

ただ、これだけは言い切れる。当時の世論は圧倒的に開戦すべきだ、が多数だった。政府が主導したのではなく、マスコミや知識人、一部過激派など含め、国民の大多数は本気で米国の圧力に怒り心頭だった。米国は酷い要求を日本にしていたが、もちろん今から考えれば日本の開戦は間違った判断だった。しかし、政府が抑えきれるほど国民の怒りは生易しいものではなったということだけは、どうぞ知っていてください。弱腰は暗殺される時代でもありましたので。

今の平和な状況から、冷静に当時を分析すれば、どう考えても負ける戦争だったが、当時の状況を生で体験すれば、判断が変わってしまうということも人間の性質だと言うことを理解してください。それを理解しなければ結局世相に流されます。自分に自信がある人間ほどそうなります。当時は日米の国力の差を知る知識人ですら戦争しろ、しろ言ってましたから。

当時の政府が米国からの圧力と国民からの圧力の間で、エネルギーと白人排斥をもとめ大東亜共栄圏を掲げたのには、私は一定の理解を示します。しかし確実に負ける戦争だったので、やはりそれは支持できません。とはいえ当時それを本当に回避できたのかと言われると、まったく自信が持てません。

ジハードは国家国民の存亡をかけたものとは違う話なのでそれと同列に扱うのは死んでいった我々のおじいさんたちに大変失礼だと思います。日本の軍人たちががどんな気持ちで死んでいったのか、それとジハードを叫ぶ人間の主義主張はどんなものなのか、それを知ればその違いは理解できるでしょう。それに当時の政府責任者は東京裁判によってちゃんと責任を果たしました。
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