明代の地図では釣魚島は琉球領
投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2010/09/25 15:38 投稿番号: [4 / 4]
和漢三才図会に
『琉球国之図』
という地図がのっている。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka52/wakan-1715/c08.jpgこれは、明の王圻が 万歴35年 (1607年) に著した
『三才図会』
に
載っていたものを転写したもの。
この図では、釣魚嶼は殆ど琉球にくっつけて書かれている。
このままでは見ずらいが、
拡大するとよく判る。
遠く離れていたら、地図の都合上、たまたま
入っただけだ
とも言えるが、
くっつけて書かれていたら、そういう理屈は成り立たない。
明国当時、釣魚嶼は琉球領と見られていた証拠だろう。
元の図が王圻の
『三才図会』
という根拠
東洋文庫
『和漢三才図会 9』
の後ろの解説に
「ところで、本書の巻第六十四
「地理」
の
「朝鮮国の図」
や
「琉球国の図」
などは
『三才図会』
から転写したものであるが、「西域五天竺の図」 「北地諸狄の図」
「西南諸蛮の図」
の三つは
『三才図会』
所収のものとは異なっている。・・・・」
とある。
つまり、原本と比較している事がわかる。
そして
「琉球国の図」
は
『三才図会』
から転写と言っている。
これは メッセージ 1 (tuyocyan03 さん)への返信です.
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