侵略国日本は国際社会の前科者

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ユダヤの日本侵略(6)

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2012/01/21 09:55 投稿番号: [8441 / 8458]
さすがに私の名前がよく分かりましたね。

私の名前は、人呼んで「株かっちゃん」。

小泉・竹中の時に、少々株をやってまして、経済知識はそのときに仕入れました。日本史の知識もまあまあ有ります。
理科系の知識も人並み以上はありますよ。

あなたはとても「面白い」人だ。
これからもよろしく。

ただ、私の記事にあきたらいつでも無視して逃げていいんですよ。
いわゆる世間の「賢い人」はそうしてますよ。
あっちの人たちも、そうしたみたいですね。



ジョン万次郎は、1841年に漂流していたところをアメリカの捕鯨船に助け出され、アメリカ東部のニューヘイプンで英語教育を施され、10年後に送り返されました。

帰国した万次郎は、薩摩藩で取り調べを受け、長崎でも取り調べにあい、1852年、高知の城下に移されます。

この頃、坂本龍馬と後藤象二郎、岩崎弥太郎も、万次郎に教えを請いに来ています。

万次郎は土佐藩に出仕した後、幕府に翻訳方として召し出され、ペリーの後任ハリス公使と交渉する際の通訳として働きました。

このとき、万次郎はハリスに幕府の老中たちの密談の内容を知らせていたようです。

1853年に浦賀へ来航し、砲艦外交(外交において軍艦の軍事力を背景として外交交渉を有利に進める手段)によって開国を迫ったペリーの航海日誌の中に、次のような記述があります。

「日本国内の法律や規則について、信頼できる充分な資料を集めるには長い時がかかる。領事代理、商人、あるいは宣教師という形で、この国に諜報員を常駐させねばならない。それなりの成果をあげるには、諜報員にまず日本語を学ばせなければならない」

つまり、万次郎はアメリカの諜報員であった可能性があります。
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