侵略国日本は国際社会の前科者

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東京裁判のつづき7

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/09/05 21:41 投稿番号: [8331 / 8458]
日本弁護団の清瀬一郎博士が裁判冒頭、裁判の管轄権法的根拠を問うたが、オーストラリア人の裁判長、ウェッブは「後日説明する」と述べたが、最後まで答えることができなかった。
実際には東京裁判所条例(憲章)という、東京裁判のためにマッカーサーが作った単なる占領命令が根拠だったわけだからウェッブは答えることができなかったわけだ。

採用された資料はほとんど全て連合国側のもので、日本側が出した資料のほとんどは却下された。日本側の弁護は黙殺された。要するにこの裁判の真の目的は日本を徹底的に貶めることであり、真実を探るという目的などまったくなかった。
裁判でも検察側の提出した証拠はどんどん取り上げるのに、弁護側の証拠はほとんど却下されてしまった。却下されたのはそれらの資料に妥当性がなかったからではなく、弁護側が出した資料だから却下されたのである。

戦勝国は「日独ファシズム」などという概念を持ち出して日本を裁いたが、これは単なるアメリカとイギリスのプロパガンダに過ぎなかった。また「南京大虐殺」なるありもしない出来事をでっち上げた。いくら調べても日本人の残虐性を証明できずに焦っていた連合国は、ナチスのユダヤ人大虐殺に値する残虐事件を欲していた。

そんなインチキ「裁判」の中でも立派な外国人もいた。
インドのパール判事やアメリカのブレークニー弁護人、ローガン弁護人などである。
しかし、彼らの弁論の同時通訳は直ちに切られ、日本の新聞に載ることもなかった。

結局、この裁判のメインテーマだった「侵略戦争の共同謀議」は証明できなかった。そんな事実がなかったためであるが、判決では25人が「A級戦犯」にされ、東条英機など7人が死刑となった。

東京裁判以外にも各国でインチキ「裁判」が行われ、1000人近くの日本兵が「B級戦犯、C級戦犯」として処刑された。
このような悪辣な裁判で生まれた歴史観(東京裁判史観という)がいまだに日本人の中に巣食っている。

端的に言うと、東京裁判とは、大東亜戦争に負けた日本に、白人500年の侵略と残虐、植民地支配の罪をすべて転嫁するための大芝居だった。この結果、日本人は、何もかも日本が悪いと戦争犯罪意識を刷り込まれ、反省自責の自虐史観にこだわり、敵側の陰謀の世界史を目隠しされてしまった。この虚偽の歴史観で謝罪を国是とする戦後体制が構築された。

この茶番劇はニュルンベルク裁判とはかなり異なるものだった。ニュルンベルク法廷が裁きの対象としたのは、あくまでもナチス・ドイツであって、ドイツ人ではない。ナチスの幹部の悪事を裁いただけのことである。かたや東京裁判は、日本の歴史、日本国及び日本人を裁くために行なわれたものだった。

一番の問題は、東京裁判自体の真相がいまだ正式には再検証されておらず、一般の知識となっていないことである。東京裁判については、当時の日本の弁護士として大活躍した清瀬一郎博士や菅原裕氏、瀧川政次朗博士などが書いたものが残っていて、それを読めば裁判のインチキ性がよくわかるのに、これが常識になっていない。国際法的には佐藤和男氏の研究もある。しかも、その東京裁判によって作られた歴史観に基づいて戦後日本のすべてが組み立てられてきたということも理解されていない。これが東京裁判史観という見方である。
この裁判によって日本という国全体が歴史も文化も含めて裁かれたのであるが、それが知られていない。裁判の場で出た具体的な日付としては昭和3年(1928)からだが、実際には明治以降のすべてが裁かれた感じである。
あれが裁判の名に値するものであったと認める国際法学者は今、世界にただの一人もいないといわれている(支那、朝鮮、ロシアなどの全体主義国は除く)が、日本人の多くはそれを知らない。事実を何も知らないまま、日本人は一方的にあの戦争で悪いことをしたと信じ込まされている。いま、さまざまな形で語られている戦後の問題-憲法、教育基本法、皇室典範も、すべてそこから導き出されるものである。
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