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アメリカの日本人虐殺・横浜大空襲

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/07/30 08:25 投稿番号: [8302 / 8458]
5月29日:【横浜大空襲   死者約1万人】 米軍のB29爆撃機約500機、P51約500機が横浜市中心地域に2,570トンの爆弾を投下し、ほぼ全域が焼失した。B-29爆撃機517機・P-51戦闘機101機による焼夷弾攻撃で約8千〜1万名の死者を出した。
特に被害が甚大だったのは、現在の神奈川区反町、保土ヶ谷区星川町、南区真金町地区一帯。罹災者32万3,000人、全焼家屋約3万戸。原爆投下目標だったため空襲をまぬがれていたが、28日に除外された。

概要工業地、商業地、住宅地及びこれらの混在地が、焼夷弾攻撃でどのように燃えていくかのデータを、当時の米空軍は得ておらず、当空襲は、そのデータ収集のための実験的攻撃であった。
米軍は、攻撃目標を東神奈川駅、平沼橋、横浜市役所、日枝神社、大鳥国民学校の5ヶ所を定めて襲撃し、特に被害が甚大だったのは、現在の神奈川区反町、保土ケ谷区星川町、南区真金町地区一帯とされている。
これらのうち星川町が攻撃を受けたのは被服廠があったからである。また横浜市立大鳥小学校は焼け残り、戦後、自殺を図った東條英機元首相を収容した病院となった。
京浜急行電鉄黄金町駅周辺一帯は、東急湘南線の上下線に停車中の電車から空襲警報発令と共に退避中の利用客も被害に遭遇し、多数の焼死体が累々と折り重なった所である。また同線の平沼駅は前年に廃駅となっていたが、焼夷弾によって壊滅的被害を受け、その鉄骨が1999年まで架線柱代わりに残されていた。
白昼の空襲であったことから、厚木航空隊の零戦と雷電や、第十飛行師団(天翔)の屠龍・鐘馗などの戦闘機、高射第一師団(晴兵団)の八八式7.5cm野戦高射砲の活躍でB-29を7機撃墜、175機に損害を与えた。

1945(昭和20)年5月29日午前9時22分(白昼)、米軍は横浜大空襲を敢行した。横浜は、わずか1時間8分で同市内の鶴見、神奈川、西、中、南、保土ケ谷区が壊滅、市域の34%が焼け野原と化し、同市人口の3分の1の31万人が被災、【推定8,000〜10,000人が死亡】した。

横浜大空襲の無差別絨毯(じゅうたん)爆撃のすさまじさは、3月10日の東京の半分の時間で、投下された焼夷弾量は1.28倍の2,570トン(43万8,576発)、出撃したB―29爆撃機も、2倍近い517機とP51戦闘機101機による機銃掃射が加わったことで明白である。

しかし、3月10日の10万人の犠牲者を出した東京大空襲の惨状に隠れて、同年5月29日の横浜大空襲の惨禍が取り上げられることは少ない(松山大空襲は死者・行方不明者251名)。
敗戦後、米軍は横浜に進駐し、市街地の27%を接収、横浜大空襲で廃虚と化した市中心部に、カマボコ形の兵舎を建て、同時に港湾施設の90%を米軍の基地とした。横浜一の繁華街だった伊勢佐木町も店の多くが接収され、進駐軍用の食品店や病院、クラブになり、かつ裏通りには飛行場も建設された。
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