アメリカ軍の日時別日本人虐殺数のつづき3
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/07/12 03:49 投稿番号: [8288 / 8458]
1945年7月
7月1-2日 【熊本大空襲 死者数469人】
午後11時以降の深夜から空襲、B29 154機(米軍資料):60機(日本軍部発表)[3]市街地の約20%を焼失。負傷者数552人、罹災家屋総数11,000戸、罹災者数43,000人。
7月1日-2日 【呉市空襲 死者3,700人】B29・150機。
7月2日 【下関空襲 死者324人】B29・143機。罹災人口38,700人。罹災家屋8,600戸。6月29日に続く2度目の空襲。
7月3日 【姫路大空襲 死者324人】
深夜から4日未明にかけ、B29・約107機。罹災者45,182人。姫路城は焼失を免れる。
7月4日 【高松空襲 死者1359人】
B29・116機。罹災人口86,400人、罹災家屋18,913戸。高松市の約80%が焦土と化した。
7月4日 【徳島大空襲 死者約1,000人】
B29・129機 けが人は約2,000人、被災者約70,000人。徳島市(当時)の62%が焦土と化した。
7月4日 【高知大空襲 死者401人】B29・120機 罹災家屋約12,000戸。
7月6日 【千葉空襲 死傷者1,679人】B29・124機。
7月6日 【甲府空襲 死者1,027人】B29・131機。全焼17,920戸。
7月7日 清水大空襲(現在の静岡市清水区)
7月9日 【和歌山大空襲 死者約1200人】B29・約100機。
7月9日 【堺空襲 死者1860人】B29・約100機。焼失18,000戸。
7月9日 【岐阜空襲 死者約900人】B29・約130機。
7月10日 【仙台空襲 死者828人】B29・124機。負傷者385人。焼失家屋23,956戸。詳細は項目記事を参照。
7月12日 【宇都宮大空襲 死者628人】B29・133機、焼夷弾12,704発。負傷者約1,150人。焼失家屋9,490戸。【鹿沼空襲 死者9人】
7月12日 【敦賀空襲 死者109人】負傷者201人。日本海側初の空襲[6]
7月14日 釜石艦砲射撃。一回目。少なくとも死者515人。
7月14-15日 北海道空襲 米機動部隊艦載機約2,000機による空襲。被害は北海道全土に及んだ。
7月15日 【室蘭艦砲射撃。死者436人】室蘭は前日にも空襲を受けたばかりだった。
7月16-17日 大分空襲 16日夜半頃B29編隊(約30数機)が襲来、市の中心部を約6,000発の焼夷弾爆撃。2,358戸が焼失。
大分はこの他にも4月21日、5月5日、8月10日など本土空襲での米軍の通り道であったため度々空襲を受けた。また公式記録には残っていないものの、別府市浜脇地区も被弾したといわれている。一連の空襲での死傷者は1,193人。
7月16日 【平塚大空襲 死者343名】B29・136機 焼夷弾10,961発、
海軍火薬廠、日本国際航空工業、第二海軍航空廠平塚分工場、横須賀海軍工廠造機部平塚分工場がターゲットであったとされ、人的被害は比較的少ないが大規模な爆撃。当時の市域における面積の約8割、戸数の約6割を焼失。
7月17日 沼津大空襲
7月17日 桑名空襲
桑名は7月24日にも空襲を受けた。
7月17日 【日立艦砲射撃。死者317人】
7月18日 野島崎(千葉県白浜)艦砲射撃。死者6人。巡洋艦4隻、駆逐艦9隻によるもの。
7月19日 【福井空襲 死者343名】B29・120機。
7月19日 【日立空襲 死者343名】B29・127機。
7月19日 【銚子空襲 死者343名】B29・91機。
7月19-20日 【岡崎空襲 死者203人】B29・126機。
7月24日 【半田空襲 死者269人】B29・78機。中島飛行機半田製作所を標的とした攻撃。
7月24日、28日 【津大空襲 死者1,239人】旧市街の全域、及び、橋北地区の工場地帯が焼失。
7月24日、28日 【呉軍港空襲 死者780人】米艦載機950機、B29・110機 航空母艦3 巡洋艦5が大破沈没。
7月25日 保戸島空襲(大分県津久見市)
米軍グラマン戦闘機が投下した3発のうちの1発が授業中だった保戸島国民学校(現・津久見市立保戸島小学校)を直撃し、【児童125人、教師2人が即死】し、70数人の児童が重軽傷を負った。
7月25日 串本艦砲射撃。潮岬も含め、周辺は何度となく艦砲射撃を受けている。
7月26日 【松山大空襲 死者・行方不明259人】
B29・128機による午後11時から2時間10分に及ぶ夜間空襲。負傷者把握不可の大惨事となった。全戸数の55%である14,300戸を焼失。全人口の53%の62,200人が罹災し、市のシンボルである松山城へも焼夷弾攻撃を受けたが、大天守は焼失を免れる。米軍機の損失はなかった(「アメリカ軍松山爆撃報告書」による)。
7月26日 平空襲
7月26日 【徳山空襲 死者482人】B29・約100機。負傷者469人。市街地の90%を焼失。5月10日の空襲と合わせて旧徳山市街地は壊滅した。
7月27日 2度目の鹿児島空襲。昼12時45分頃、3梯団からなるB29の爆撃を受けた。
7月1-2日 【熊本大空襲 死者数469人】
午後11時以降の深夜から空襲、B29 154機(米軍資料):60機(日本軍部発表)[3]市街地の約20%を焼失。負傷者数552人、罹災家屋総数11,000戸、罹災者数43,000人。
7月1日-2日 【呉市空襲 死者3,700人】B29・150機。
7月2日 【下関空襲 死者324人】B29・143機。罹災人口38,700人。罹災家屋8,600戸。6月29日に続く2度目の空襲。
7月3日 【姫路大空襲 死者324人】
深夜から4日未明にかけ、B29・約107機。罹災者45,182人。姫路城は焼失を免れる。
7月4日 【高松空襲 死者1359人】
B29・116機。罹災人口86,400人、罹災家屋18,913戸。高松市の約80%が焦土と化した。
7月4日 【徳島大空襲 死者約1,000人】
B29・129機 けが人は約2,000人、被災者約70,000人。徳島市(当時)の62%が焦土と化した。
7月4日 【高知大空襲 死者401人】B29・120機 罹災家屋約12,000戸。
7月6日 【千葉空襲 死傷者1,679人】B29・124機。
7月6日 【甲府空襲 死者1,027人】B29・131機。全焼17,920戸。
7月7日 清水大空襲(現在の静岡市清水区)
7月9日 【和歌山大空襲 死者約1200人】B29・約100機。
7月9日 【堺空襲 死者1860人】B29・約100機。焼失18,000戸。
7月9日 【岐阜空襲 死者約900人】B29・約130機。
7月10日 【仙台空襲 死者828人】B29・124機。負傷者385人。焼失家屋23,956戸。詳細は項目記事を参照。
7月12日 【宇都宮大空襲 死者628人】B29・133機、焼夷弾12,704発。負傷者約1,150人。焼失家屋9,490戸。【鹿沼空襲 死者9人】
7月12日 【敦賀空襲 死者109人】負傷者201人。日本海側初の空襲[6]
7月14日 釜石艦砲射撃。一回目。少なくとも死者515人。
7月14-15日 北海道空襲 米機動部隊艦載機約2,000機による空襲。被害は北海道全土に及んだ。
7月15日 【室蘭艦砲射撃。死者436人】室蘭は前日にも空襲を受けたばかりだった。
7月16-17日 大分空襲 16日夜半頃B29編隊(約30数機)が襲来、市の中心部を約6,000発の焼夷弾爆撃。2,358戸が焼失。
大分はこの他にも4月21日、5月5日、8月10日など本土空襲での米軍の通り道であったため度々空襲を受けた。また公式記録には残っていないものの、別府市浜脇地区も被弾したといわれている。一連の空襲での死傷者は1,193人。
7月16日 【平塚大空襲 死者343名】B29・136機 焼夷弾10,961発、
海軍火薬廠、日本国際航空工業、第二海軍航空廠平塚分工場、横須賀海軍工廠造機部平塚分工場がターゲットであったとされ、人的被害は比較的少ないが大規模な爆撃。当時の市域における面積の約8割、戸数の約6割を焼失。
7月17日 沼津大空襲
7月17日 桑名空襲
桑名は7月24日にも空襲を受けた。
7月17日 【日立艦砲射撃。死者317人】
7月18日 野島崎(千葉県白浜)艦砲射撃。死者6人。巡洋艦4隻、駆逐艦9隻によるもの。
7月19日 【福井空襲 死者343名】B29・120機。
7月19日 【日立空襲 死者343名】B29・127機。
7月19日 【銚子空襲 死者343名】B29・91機。
7月19-20日 【岡崎空襲 死者203人】B29・126機。
7月24日 【半田空襲 死者269人】B29・78機。中島飛行機半田製作所を標的とした攻撃。
7月24日、28日 【津大空襲 死者1,239人】旧市街の全域、及び、橋北地区の工場地帯が焼失。
7月24日、28日 【呉軍港空襲 死者780人】米艦載機950機、B29・110機 航空母艦3 巡洋艦5が大破沈没。
7月25日 保戸島空襲(大分県津久見市)
米軍グラマン戦闘機が投下した3発のうちの1発が授業中だった保戸島国民学校(現・津久見市立保戸島小学校)を直撃し、【児童125人、教師2人が即死】し、70数人の児童が重軽傷を負った。
7月25日 串本艦砲射撃。潮岬も含め、周辺は何度となく艦砲射撃を受けている。
7月26日 【松山大空襲 死者・行方不明259人】
B29・128機による午後11時から2時間10分に及ぶ夜間空襲。負傷者把握不可の大惨事となった。全戸数の55%である14,300戸を焼失。全人口の53%の62,200人が罹災し、市のシンボルである松山城へも焼夷弾攻撃を受けたが、大天守は焼失を免れる。米軍機の損失はなかった(「アメリカ軍松山爆撃報告書」による)。
7月26日 平空襲
7月26日 【徳山空襲 死者482人】B29・約100機。負傷者469人。市街地の90%を焼失。5月10日の空襲と合わせて旧徳山市街地は壊滅した。
7月27日 2度目の鹿児島空襲。昼12時45分頃、3梯団からなるB29の爆撃を受けた。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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