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「食人宴席」鄭義著・黄文雄訳P79〜P81

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/04/19 03:56 投稿番号: [8213 / 8458]
1968年   6月18日。
少なくとも三つの地方で《人肉宴会》が行なわれた。三里区台村大隊の糾弾闘争には、陳漢寧らが出席した。会場では、全大隊が集まり、そのまわりには武装民兵が遠巻きに囲んで、殺気がみなぎっていた。文革主任、陳思庭はその会議を主催し、糾弾される人々の罪状を読み上げ、続いて、群集が約30分前後、糾弾をくりかえした。その後、陳が群集に向かって「こいつらは、どうすればよいか」と質問した。群衆はそろって「殺せ」と絶叫した。陳は刀で三人を切り殺し、しかも腹を切り裂き、肝を取り出し、村人とともに煮て食べた。
この事件について、県の整党委員会の事件関係資料によると、陳は最初、腹を裂き、肝を取り出すことができなかった。どういうふうに手を下せばよいか知らなかったのだが、そのとき、一人の年寄りが彼に人肉と肝を切り取る要領を教えたという。腹部に向かって「人」の字の形で切り、足で力強く下腹部を踏めば、心臓と肝臓がすぐとび出て来るということを教えたのだ。つまり、これは、腹を裂き、心臓をえぐり取る技術がすでに存在していたことがわかる。
同じ日に、黄茆人民公社が街頭引き回しデモ闘争を行なった。小学校教師の張伯稃が連れて来られて、つるし上げ糾弾集会が行なわれた。張はもう逃げられないと観念して死にもの狂いで逃げ出した。逃げ道がないので川の中に飛び込んだところ、水中から彼を川岸まで引きずって来て、刀で腹を裂き、心臓と肝を取り出して持ち帰り、缶詰の空缶で煮て食ったという。そのとき、張は皮膚、人肉、及びはらわたまで、すっかり切り取られてなくなってしまったのだそうだ。
もういたるところで《人肉宴会》が開かれ、黄茆人民公社の食品部および販売部は、もっとも《人肉宴会》が賑やかで直径一尺八寸の大鍋で人肉を煮て、十数人が宴会を楽しんだという。
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