満州国の正当性
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/03/22 11:31 投稿番号: [8170 / 8458]
去りし日に決せられた歴史認識は、近年になって公開された文書や資料により、その多くを改めるよう請われている。ソ連崩壊によりて、これだけの動揺をもたらしえたからして、当時の交戦国・中国の民主化、とりわけ共産党の解体によって再度、光を向けられるであろう歴史を凝視せずにはいられない。
中国では、5月9日を「国恥記念日」と呼ぶ。1915(大正4)年5月9日にいわゆる「対華21ヶ条要求」を受諾したからである。この要求が平時に発せられたものなら、肯定するつもりはさらさらないが、「希望」であった5号条項を除けば、当時の列強が中華民国と結んだそれと相違ない。しかも、のちに5号は削除されている。また、交渉期間は4ヶ月、回数としても25回を数える。現・中華人民共和国のように、いかなる国もそれを侵す意思がないにもかかわらず、この要求を突きつけ、結果として進駐したなら問題だが、当時の日本にとっては、やるかやられるか――日本がとどまれば、明日の中国は日本だったのである。このような状況を差し置いて謝り続ける日本に対し、その他列強が謝罪したなど聞いたことがない。みなが咎(とが)められるならまだしも逼迫のもとにあった日本だけが批判される謂れはないはずだ。負けたが最後はやはりおかしい。
1931(昭和6)年9月、柳条湖事件が発生。これはほぼ間違いなく日本軍による犯行と断定されているが、1922(大正12)年のワシントン会議において締結された「九ヶ国条約」等国際法を誠実に遵守する日本をいいことに、中国側、あるいはそのパルチザンらが日本に対して度重なる挑発行為を働いていたことを忘れてはならない。少なくとも、リットン報告書からはそう読み取れる。
日本は中国の最も近い隣国であって、かつ最大の取引先である以上は、日本は交通機関の不備にもとづく無秩序な状態、内乱の危険、匪賊および共産主義の脅威などのために他のいずれの強国よりもいっそうひどく悩まされたのである。日本は他のいずれの強国よりも、国民を中国にもっている現状において、中国の法律、司法制度ならびに税制に服従させられたならば、それらの国民は、はなはだしく苦しむこととなる。(同報告書第19項)
中国にある日本国民の生命および財産を保護しようとする熱望は、日本をして内乱または地方的騒乱の際、しばしばこれに干渉させる結果になった。(同報告書第20項〈b〉〈1〉)
また、リットン報告書はそれ以前の満州開発についても、日本の活躍を認めている。
広大かつ肥沃な地方である満洲は、わずかに四十年前までほとんど開発されず、また現在においてさえ人口稀薄である。(同報告書第22項〈a〉)
日本の活動がなければ、満洲は多くの人口を誘致し、またこれを吸収することはできなかったであろう。(同報告書第20項〈b〉〈2〉)
最初、満洲が各種政策の衝突地域となったのは、その戦略的地位が唯一の理由であった。だが、その後日本人によって満洲の農業、鉱業および林産資源が開発されると満洲は満洲自体のために垂涎されるに至った。(同報告書第20項〈c〉)
中国では、5月9日を「国恥記念日」と呼ぶ。1915(大正4)年5月9日にいわゆる「対華21ヶ条要求」を受諾したからである。この要求が平時に発せられたものなら、肯定するつもりはさらさらないが、「希望」であった5号条項を除けば、当時の列強が中華民国と結んだそれと相違ない。しかも、のちに5号は削除されている。また、交渉期間は4ヶ月、回数としても25回を数える。現・中華人民共和国のように、いかなる国もそれを侵す意思がないにもかかわらず、この要求を突きつけ、結果として進駐したなら問題だが、当時の日本にとっては、やるかやられるか――日本がとどまれば、明日の中国は日本だったのである。このような状況を差し置いて謝り続ける日本に対し、その他列強が謝罪したなど聞いたことがない。みなが咎(とが)められるならまだしも逼迫のもとにあった日本だけが批判される謂れはないはずだ。負けたが最後はやはりおかしい。
1931(昭和6)年9月、柳条湖事件が発生。これはほぼ間違いなく日本軍による犯行と断定されているが、1922(大正12)年のワシントン会議において締結された「九ヶ国条約」等国際法を誠実に遵守する日本をいいことに、中国側、あるいはそのパルチザンらが日本に対して度重なる挑発行為を働いていたことを忘れてはならない。少なくとも、リットン報告書からはそう読み取れる。
日本は中国の最も近い隣国であって、かつ最大の取引先である以上は、日本は交通機関の不備にもとづく無秩序な状態、内乱の危険、匪賊および共産主義の脅威などのために他のいずれの強国よりもいっそうひどく悩まされたのである。日本は他のいずれの強国よりも、国民を中国にもっている現状において、中国の法律、司法制度ならびに税制に服従させられたならば、それらの国民は、はなはだしく苦しむこととなる。(同報告書第19項)
中国にある日本国民の生命および財産を保護しようとする熱望は、日本をして内乱または地方的騒乱の際、しばしばこれに干渉させる結果になった。(同報告書第20項〈b〉〈1〉)
また、リットン報告書はそれ以前の満州開発についても、日本の活躍を認めている。
広大かつ肥沃な地方である満洲は、わずかに四十年前までほとんど開発されず、また現在においてさえ人口稀薄である。(同報告書第22項〈a〉)
日本の活動がなければ、満洲は多くの人口を誘致し、またこれを吸収することはできなかったであろう。(同報告書第20項〈b〉〈2〉)
最初、満洲が各種政策の衝突地域となったのは、その戦略的地位が唯一の理由であった。だが、その後日本人によって満洲の農業、鉱業および林産資源が開発されると満洲は満洲自体のために垂涎されるに至った。(同報告書第20項〈c〉)
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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