尾崎秀実という人物のつづき7
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/03/08 17:41 投稿番号: [8137 / 8458]
あるブログより引用。
あまり詳しくはないのですが。少し事実関係は違います。尾崎秀実は朝日新聞上海特派員であった。昭和12年7月シナ事変の勃発よりコミンテルン(ソ連共産党中央委員会)極東支局の指令で上海にあらわれたドイツ人リヒャルト・ゾルゲに日本の作戦プランを内通。尾崎は近衛内閣の嘱託として、また外務省や参謀本部の機関の東亜研究所の嘱託として、多数の情報・資料を入手できる地位にあった。それらは政界の最上層部の口から、またドイツ大使の下にあった日本の軍事機密、政治プランがゾルゲを通じてコミンテルンに筒抜けであった。近代日本の存亡の岐路の時期のシナ事変から大東亜戦争の最高国家機密がすべてソ連に筒抜けであった。日本政府はシナ事変以降不拡大を方針を採ったが、南京攻略の折、国民党蒋介石と交渉。不成功で「国民政府を相手とせず」の声明。尾崎は「南方諸民族解放」を唱え、シナ事変を日米戦争へ拡大せんとするコミンテルンの謀略を行っていた。近衛内閣の「東亜新秩序建設」というスローガンは「共産主義的秩序」であった。日本政府と重慶国民党政府の和平を成立させないために南京に汪兆銘の新政権樹立させ蒋介石と対抗させた。日本は完全にコミンテルンに躍らされていたわけ。シナ事変の泥沼化から日米戦争へ拡大した裏には尾崎・ゾルゲの裏工作が働いていた。(資料:「抹殺された大東亜戦争」勝岡寛次、明成社)
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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