侵略国日本は国際社会の前科者

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尾崎秀実という人物のつづき6

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/03/08 17:13 投稿番号: [8136 / 8458]
日本は南方への進撃に於ては必ず英米の軍事勢力を一応打破し得るではありませうがその後の持久戦により消耗が軈(やが)て致命的なものとなつて現はれ来るであらうと想像したのであります。
而も斯る場合に於て日本社会を破局から救つて方向転換乃至原体制的再建を行ふ力は日本の支配階級には残されて居らないと確信してゐるのであります。
◆ここに於て私の大雑把な対処方式を述べますと、日本はその破局によつて不必要な犠牲を払はされることなく立直るためにも、又英米から一時的に圧倒せられないためにも行くべき唯一の方向はソ連と提携し、これが援助を受けて、日本社会経済の根本的立て直しを行ひ、社会主義国家としての日本を確乎として築き上げることでなければならないのであります。日本自体のプロレタリアートの政治的力量も経験も残念ながら浅く、而も充分な自らの党的組織を持たないことのためにソ連の力に待つ点は極めて多いと考へられるのであります。

八、現下の世界情勢に対する見解について

◆しかしながら帝国主義国家の意図するところは正に以上の如きものであり、世界の再分割こそ一切の目的あつたとしても、この第二次世界大戦がそれらの主観的意図とはまったく別個の客観的な経過と結果を示すであらうことは、私たちのひそかに確信したところでありました。

◆以上の如き予想に基いた現実の形態と更にこれに対処する方式として私がしきりに描いたところは、次の如きものでありました。第一に、日本は独伊と提携するであらうこと。第二に、日本は結局英米と相戦ふに至るであらうこと。第三に、最後は我々はソ連の力を籍り、先づ支那の社会主義国家への転換を図り、これとの関連に於て日本自体の社会主義国家への転換を図ることでありました。
◆一応の南方進出体制を確立し得た六ヶ月以後には却つて日本に取つて不利な諸状勢が発展し始めるのではないか、その一は船舶の不足等に加重せられて戦時必需物資たる石油、鉄、その他食糧などの不足が問題となり来り、国内人心にもまた動揺が現はれるのではないかと考へ、更に、さなきだに脆弱なる日本の貨幣面に悪性インフレが見舞ふ可能性が軈て増大し繰るであらうと考へたのであります。
日本自身は私の以上の如き考へ方からすれば、頗る敗退の可能性を多く含んだ国といふことになるのであります。

◆私の立場から言へば、日本なり、ドイツなりが簡単に崩れ去つて英米の全勝に終るのでは甚だ好しくないのであります。万一かかる場合になつた時に英米の全勝に終らしめないためにも、日本は社会的体制の転換を以てソ連、支那と結び別の角度から英米に対抗する姿勢を採るべきであると考へました。
此の意味に於て、日本は戦争の始めから、米英に抑圧せられつつある南方諸民族の解放をスローガンとして進むことは大いに意味があると考へたのでありまして、私は従来とても南方諸民族の自己解放を「東亜新秩序」創建の絶対要件であるといふことをしきりに主張して居りましたのはかかる含みを籠めてのことであります。この点は日本の国粋的南進主義者の主張とも殆んど矛盾するところなく主張される点であります。

十、今事件を中心とする現在の心境について

◆勿論、私の行つてゐる如きことが猛烈な反国家的な犯罪であることは云ふまでもありません。従つて理論的には、その行動を是認しつつも時に具体的行動の後ろめたさを感じたことも否定出来ません。

私は常に露見、逮捕と云ふ如き場合の結果を自分の一個の死と結びつけて考へて居りました。「要するに死ねばいいのだろう」と云ふ点に一つの覚悟の基礎を置いて居たわけであります。

〜終わり〜

尾崎秀実は、1944年11月7日、ロシア革命記念日に処刑された。
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