侵略国日本は国際社会の前科者

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中国人による日本人虐殺事件・通州事件

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/02/23 21:54 投稿番号: [8093 / 8458]
盧溝橋事件発生から3週間後の7月29日、北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した。
  世に言う「通州事件」である。
  中国に気兼ねする余り、我が国の歴史学者が口を緘(かん)し、教科書も新聞も雑誌も一行すら書こうとせぬこの世紀の大虐殺―――。
  恨みを飲んで殺された200数十名の同胞への鎮魂の気持ちを込めて、この事件を書き留めておこう。
  通州の冀東(きとう)防共自治政府は、昭和10年、親日家の殷汝耕が南京政府から離脱して創設した政権で、1万余の冀東保安隊を有していた。
  この保安隊は、昭和8(1933)年塘沽(タンクー)停戦協定に基づいて置かれたものであったが、所要以上の人員を有し、また銃と剣だけではなく、機関銃や野砲も持ち、保安隊と称し得る以上の戦闘能力があった。
  さて通州の宝通寺に中国第29軍の1個営が駐屯していたが、7月25、26日廊坊、広安門の両事件が発生するに至って、通州特務機関も、この宝通寺部隊の処理を考える必要に迫られた。
  この部隊は日中関係悪化と共に、去就(きょしゅう)すこぶる曖昧(あいまい)になり、放置しておくのは危険と判断されたのである。
  そこで廊坊事件直後の26日、日本側は宝通寺部隊に対して北平(北京)への撤退を求める最後通告を行った。
  だが中国軍からの回答はなく、遂に27日早朝、我が軍は攻撃を開始、正午までに宝通寺部隊は敗走、潰滅(かいめつ)した。
  ところがこの戦闘で、支援のため飛来した関東軍の爆撃機が、誤って宝通寺兵営と隣接する冀東保安隊幹部訓練所に爆弾を投下し、数名の保安隊員が死亡するという不幸な事態が起きたのである。
  保安隊は我が爆撃機が対地戦闘を開始するや、好奇心から隊員一同が訓練所校庭に飛び出して爆撃を見物していたのだが、飛行機には冀察と冀東の境界線も保安訓練所の位置も分からず、脚下で騒いでいる保安隊を29軍の一味と速断したのも無理のない事であった。
  誤爆の報に接するや、細木特務機関長は直ちに冀東政府の殷汝耕長官を往訪(おうほう)し陳謝するとともに機関長自ら現場を視察、遺族の弔問(ちょうもん)に奔走(ほんそう)した。
  更に翌28日には保安隊教導総隊幹部一同に対して誤爆について釈明し、慰撫(いぶ)に努めたのであった。
  調度、事件の起こった27日頃、デマを流すので有名な南京放送(中国国民政府の御用放送)が「盧溝橋で日本軍は29軍に惨敗し、豊台と廊坊は完全に中国軍が奪還した。中央は陸続、華北の戦野んい兵を進めつつあり、日本軍の潰滅も旬日のうちであろう」と事実と正反対の放送を流した。
  南京政府は最後に「軍事会議の結果、蒋委員長は近く29軍をもって大挙(たいきょ)冀東を攻撃し、偽都・通州を屠(ほふ)り、逆賊殷汝耕を血祭りにすることを決議した」と叫んでいた。
  これは我が北平(北京)特務機関が聴取したのである。
  このデマ放送が北京方面の実情に疎(うと)い通州の中国兵に相当の心理的動揺を与えたことは疑いない。
  通州保安隊は張慶余指揮の第1総隊と張研田指揮の第2総隊であったが、早くから人民戦線運動の影響を受けていた。
  「日本軍敗走」「冀東攻撃」という南京のデマ放送は、彼らの抗日態度を決定的ならしめ、日本側に付いているよりも29軍側に寝返った方が有利であるとの誤った判断を抱かせたに違いない。
  折もおり、通州の日本軍守備隊は、主力が南苑攻撃に向かい、留守部隊は藤尾小隊40名、山田自動車中隊50名、それに憲兵、兵站(へいたん※補給の事)、兵器部その他を合わせて110名程度の微弱な兵力でしかなかった。
  我が部隊の手薄なこの時期を狙(ねら)って、張慶余、張研田の両保安隊は日本軍民への襲撃を開始した。
  夜影に乗じて長官公署を襲って殷汝耕を拉致し、主力は日本軍守備隊を襲撃した。
  我が方の残留兵力は極めて僅少ではあったが、千数百を算する敵の攻撃に対して死力を尽くして戦った。
  守備隊には軽機関銃、小銃、手榴弾があるのみで重火器は無かった。
  保安隊の装備の方が遥かに優れていた。
  守備隊は敵の集中砲火を浴び、死傷者の続出する中で撃退に努めたが、居留民や特務機関まで守る余裕は無かった。
  鬼畜と化した中国保安隊の日本人居留民に対する暴虐は、この間に進行していた。
  また通州特務機関は、1個中隊ほどの保安隊の襲撃を受け、2名の少年給仕(日本人)を含む機関員が死力を尽くして応戦したが、数十倍の敵には抗し難く、遂に全員が壮絶な最期を遂(と)げ、特務機関は全滅した。
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