nankin(akutoku)君の負け惜しみ その10
投稿者: saesow21 投稿日時: 2007/10/07 01:38 投稿番号: [3603 / 8458]
言い返すことができず、適当な事を言って逃亡しようとするバージョン発動!!!(爆笑)
PS:高麗(朝鮮)の侵略が原因
高麗軍の将(都督使)「金方慶」率いる高麗軍は 戦略的に意味が無い対馬・壱岐に執着し、防備の薄いこの島々を攻め膨大な非戦闘員を殺戮した。
遠征そのものは元の命令とはいえ、島々におけるこの行為は遠征目的と何の関係もなく、それにフビライは"百姓を殺すな"と命じていた。
この無用の残虐行為は主将の「金方慶」の性格、残虐無慈悲な朝鮮人の民族性によるとの事である。
元軍は島民を見つけ次第、男子は斬殺し、女子は手の掌に穴をあけて綱を通し船舷にぶらさげるなど残虐の限りをつくした。家屋は焼き尽くされ、家畜の被害も甚大で、壱岐牛も一頭もいなくなった。」
「ムクリ・コクリ」が来る、と言うと泣く子も黙ると言われたほど、その残虐な行為は壱岐・対馬・北九州の人達に恐怖感を植えつけています。
ムクリー蒙古―元、コクリー高麗のことです。「蒙古トハ異国ムクリノ事也」(『沙汰未練書』)というようにムクリが通用していました。
高麗軍と対決して闘った日本の将士がことごとく戦死すると、敵兵は住民を捕らえ暴虐の限りを尽くしたということです。
山に逃げ隠れ潜む住民の赤子の泣き声を聞いて、捜しまわり、捕らえては、ことごとく殺しました。中には、命惜しさに愛する我が子を刺し殺して、逃げ隠れする者もあったと伝えられています。
捕らえられた妊婦は腹を裂かれ、中の赤子を掴み出されて殺されました。意にそまぬ婦女子は手に孔をあけられ、縄を通してから、引きずり回され、後、舷外に吊るされました。
(新元史・鎮西要略・壱岐国史・元寇物語)
これは メッセージ 3602 (akutoku_yukijirushi さん)への返信です.
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