身勝手な義務感から返信
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2006/08/23 11:40 投稿番号: [9394 / 22816]
はじめまして。
拙者、サンシタ投稿者・丁髷ジョニーと申します。
最近、表で例の問題提起をものしたものですから、これは返信する必要があるという身勝手な義務感を憶えたもので、以下、書き記します。
列挙されたTV時代劇は、確かに100%忠実に再現はしていないと思います。というか不可能でしょう。
ただ、その原点とも言うべき著作があるわけですよね。例えば、水戸黄門なら、『水戸漫遊記』。独眼流政宗は、山岡荘八の著作。巧妙が辻なら、山内一豊の妻の話。吉川栄治氏の著作も数多くTVや映画化されているでしょう。
現代に生きる者は、ある程度、いや、かなり想像力を働かせないと、特に歴史モノは描けません。確かに、ご指摘の、主人のことを「うちの人」と呼ぶのは、どんなもんだろうと思います。脚色はやむを得ないとしても、限度がありますから。
問題となるのは、その時代における価値観や美観、倫理観という心理を上手く表現できているかどうかだと思います。現代の価値観なんか無視して、歴史に対し、ある種の畏れを抱いていれば、それで良しとします。
極論ですが、プロレス的に申せば、虚飾が大部分のウエイトを占めても、数%の真実があれば良しとします。しかも、フィクションと知りつつ、水戸黄門等のドラマや吉川氏らの小説を、多くの国民は楽しんでいるわけです。それを愚民と言うのは簡単ですが、それではあまりに馬鹿にし過ぎでしょう。
福田和也・慶應義塾大学教授によれば、「震えるような共感。それが歴史だ」と言っております。司馬遼太郎氏や忠臣蔵などが根強い人気を誇っている一つの要因は、その為ではないでしょうか。
要は、人間の心理を抜きにして、歴史云々は語れないと思います。現象としての事実は、現れたと思ったら、たちどころに消えて無くなるものですからね。
で、チャングムなんですが、以上、私が定義したものに、早稲田実業・斎藤君の前に三振の山を築いてしまった駒大苫小牧打線の如く、少しもチップしていないんじゃないか?という疑問があるわけです。
最後に応用論点として、記紀神話について。
古の日本人も真実だとは思わなかったでしょう。八岐大蛇が本当にいたのなら、学術的大発見ですし、人間がいくら束になっても、島などは引っ張れません。ウサギとサメの会話もあり得ません。が、少なくとも敗戦までは、その価値観等に従って生きてきたわけですし、編纂者等も、将来の日本に対する、夢や希望という心理が間違いなくあったわけです。
したがって、それを以って史実とする次第です。
では。
少々飛躍して、とりとめのない文章になってしまいましたこと、ご容赦願います。
※ 私はチャングムを見たことがありません。見たこともないくせに批評するなと言うのであれば、それは甘んじて受け容れます。
拙者、サンシタ投稿者・丁髷ジョニーと申します。
最近、表で例の問題提起をものしたものですから、これは返信する必要があるという身勝手な義務感を憶えたもので、以下、書き記します。
列挙されたTV時代劇は、確かに100%忠実に再現はしていないと思います。というか不可能でしょう。
ただ、その原点とも言うべき著作があるわけですよね。例えば、水戸黄門なら、『水戸漫遊記』。独眼流政宗は、山岡荘八の著作。巧妙が辻なら、山内一豊の妻の話。吉川栄治氏の著作も数多くTVや映画化されているでしょう。
現代に生きる者は、ある程度、いや、かなり想像力を働かせないと、特に歴史モノは描けません。確かに、ご指摘の、主人のことを「うちの人」と呼ぶのは、どんなもんだろうと思います。脚色はやむを得ないとしても、限度がありますから。
問題となるのは、その時代における価値観や美観、倫理観という心理を上手く表現できているかどうかだと思います。現代の価値観なんか無視して、歴史に対し、ある種の畏れを抱いていれば、それで良しとします。
極論ですが、プロレス的に申せば、虚飾が大部分のウエイトを占めても、数%の真実があれば良しとします。しかも、フィクションと知りつつ、水戸黄門等のドラマや吉川氏らの小説を、多くの国民は楽しんでいるわけです。それを愚民と言うのは簡単ですが、それではあまりに馬鹿にし過ぎでしょう。
福田和也・慶應義塾大学教授によれば、「震えるような共感。それが歴史だ」と言っております。司馬遼太郎氏や忠臣蔵などが根強い人気を誇っている一つの要因は、その為ではないでしょうか。
要は、人間の心理を抜きにして、歴史云々は語れないと思います。現象としての事実は、現れたと思ったら、たちどころに消えて無くなるものですからね。
で、チャングムなんですが、以上、私が定義したものに、早稲田実業・斎藤君の前に三振の山を築いてしまった駒大苫小牧打線の如く、少しもチップしていないんじゃないか?という疑問があるわけです。
最後に応用論点として、記紀神話について。
古の日本人も真実だとは思わなかったでしょう。八岐大蛇が本当にいたのなら、学術的大発見ですし、人間がいくら束になっても、島などは引っ張れません。ウサギとサメの会話もあり得ません。が、少なくとも敗戦までは、その価値観等に従って生きてきたわけですし、編纂者等も、将来の日本に対する、夢や希望という心理が間違いなくあったわけです。
したがって、それを以って史実とする次第です。
では。
少々飛躍して、とりとめのない文章になってしまいましたこと、ご容赦願います。
※ 私はチャングムを見たことがありません。見たこともないくせに批評するなと言うのであれば、それは甘んじて受け容れます。
これは メッセージ 9371 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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