などてすめらぎは・・・・・・
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2008/03/22 08:30 投稿番号: [17052 / 22816]
おはようございます。
ヨコ、大歓迎であります。
あ、今度、渡米されるようで。お気を付けて。そして、つきましては、“ちょぱ的米大統領選現地ルポ”をおねだりしたいと思います。
で、本題。
いつか書こうと思って、温めていたネタです。もう腐っているかもしれませんが(-。-)y-゜゜゜
折角、大日本帝國憲法(以下、明治憲法とします)がありますので、補助線を引きたいと思います。
第一条から始めていらっしゃいますが、
重要なのは、現行憲法の位置的に前文に当たる“告文”です。
http://www.edogawa-u.ac.jp/~kiuchih/home/statutes/teikokukenpou.html
>>皇朕レ謹ミ畏ミ 皇祖 皇宗ノ神霊ニ誥ケ白サク
(天皇なる私は、畏れ謹んで皇祖、皇宗の神霊に申し上げます。)
※皇祖:天照大神。皇宗:彼女直系の神々、及び歴代天皇
で、スタートしており、臣民の出る幕はありません。やっと、務めみたいなものが書いてありますが、
>>・・・・臣民翼賛ノ道ヲ広メ〜〜〜〜
だけです。
西洋的な憲法、特に君主を置く国に限っては、君主と臣民との契約があるはずなのですが、明治憲法には、それがたとえあるにしても、極めて希薄。というか、人民は契約の主体にすらなっておりません。
>>皇祖 皇宗及 皇考ノ神祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ 神霊此レヲ鑒ミタマヘ
天皇の責任は全て神霊に対してのみです。これが第三条への布石になっているのかなと推測できます。天皇は常に法の上におられます。
「憲法発布勅語」には、
>>朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ
とはあるものの、臣民と天皇との間の権利義務関係があるというわけではなく、
>>国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ
天皇大権は臣民とは無関係。告文等、通して言えることは、皇祖・皇宗の方ばかりを向いていらっしゃいます。
当拙稿にあたり、小室直樹氏の著作『天皇恐るべし(ネスコ・文藝春秋)』を主な参考文献にしてりますが、氏が説くには、上記のことを以ても、従前の天皇は、キリスト教的神だということです。
ぶっちゃけ、臣民が明治憲法を守ったのは、天皇が守れと命じたもうたからなんですね。
こういうシステムが可能だったのは、日本人は古来より、ハラのなかでは神道しか信じてこなかったフシがあったからです。例えば、大昔の比叡山の僧兵は法華経でも曼荼羅でもなく、日吉神社の神輿をかついで暴れています。神仏習合や本地垂迹説もこのメンタリティで説明がつくはずですね。
以上のことをもって、どこぞの文化人もどきの如く、天皇及び当時の日本人を否定や批判の類は絶対にしません。伊藤博文らは、神道を再編成し、日本人の強い求心力たりえる天皇(西洋ではキリスト教に相当)に法的な地位を与え、資本主義やデモクラシーを推進しようとし、結果、植民地にならずに済んだのですから。
で、添付の“人間宣言”ですが、
>ちゅーか、どこが「人間」宣言なんやろ?
おそらく、前述のキリスト教的神格を否定したと解釈されてやむなし。の箇所があったからではないでしょうか。
>>They are not predicated on the false conception that the Emperor is divine,
のくだりとか。しかし、divineは通例、限定用法なので、直後には何かしらの名詞が欲しいんです。英訳がドヘタだったんだな(苦笑)。せめて、the Divine Beingかなぁ。もひとつ。falseとは酷い。この言葉には“人を騙す意図があることを暗示”とあります。剥き出しの悪意なのか。wrongの方が適切でしょう。
“架空の”ならば、imaginary か fancifulあたりが適切か。
>日本人には分かる、大事なシグナルが隠されていたわけですな。(。-_-。)
明治天皇の遺訓をお継ぎになろうとしている。と読み取れますよね。大筋として。
ただ、阿呆なメディア等は恣意的に、そうとは解釈しなかったということか・・・・・。
ここら辺にも、昭和天皇の悲劇があるのかも。
ちょぱさんの指摘される、リズムの違いについては、もう少し詰めたいと思います。
では。
ヨコ、大歓迎であります。
あ、今度、渡米されるようで。お気を付けて。そして、つきましては、“ちょぱ的米大統領選現地ルポ”をおねだりしたいと思います。
で、本題。
いつか書こうと思って、温めていたネタです。もう腐っているかもしれませんが(-。-)y-゜゜゜
折角、大日本帝國憲法(以下、明治憲法とします)がありますので、補助線を引きたいと思います。
第一条から始めていらっしゃいますが、
重要なのは、現行憲法の位置的に前文に当たる“告文”です。
http://www.edogawa-u.ac.jp/~kiuchih/home/statutes/teikokukenpou.html
>>皇朕レ謹ミ畏ミ 皇祖 皇宗ノ神霊ニ誥ケ白サク
(天皇なる私は、畏れ謹んで皇祖、皇宗の神霊に申し上げます。)
※皇祖:天照大神。皇宗:彼女直系の神々、及び歴代天皇
で、スタートしており、臣民の出る幕はありません。やっと、務めみたいなものが書いてありますが、
>>・・・・臣民翼賛ノ道ヲ広メ〜〜〜〜
だけです。
西洋的な憲法、特に君主を置く国に限っては、君主と臣民との契約があるはずなのですが、明治憲法には、それがたとえあるにしても、極めて希薄。というか、人民は契約の主体にすらなっておりません。
>>皇祖 皇宗及 皇考ノ神祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ 神霊此レヲ鑒ミタマヘ
天皇の責任は全て神霊に対してのみです。これが第三条への布石になっているのかなと推測できます。天皇は常に法の上におられます。
「憲法発布勅語」には、
>>朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ
とはあるものの、臣民と天皇との間の権利義務関係があるというわけではなく、
>>国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ
天皇大権は臣民とは無関係。告文等、通して言えることは、皇祖・皇宗の方ばかりを向いていらっしゃいます。
当拙稿にあたり、小室直樹氏の著作『天皇恐るべし(ネスコ・文藝春秋)』を主な参考文献にしてりますが、氏が説くには、上記のことを以ても、従前の天皇は、キリスト教的神だということです。
ぶっちゃけ、臣民が明治憲法を守ったのは、天皇が守れと命じたもうたからなんですね。
こういうシステムが可能だったのは、日本人は古来より、ハラのなかでは神道しか信じてこなかったフシがあったからです。例えば、大昔の比叡山の僧兵は法華経でも曼荼羅でもなく、日吉神社の神輿をかついで暴れています。神仏習合や本地垂迹説もこのメンタリティで説明がつくはずですね。
以上のことをもって、どこぞの文化人もどきの如く、天皇及び当時の日本人を否定や批判の類は絶対にしません。伊藤博文らは、神道を再編成し、日本人の強い求心力たりえる天皇(西洋ではキリスト教に相当)に法的な地位を与え、資本主義やデモクラシーを推進しようとし、結果、植民地にならずに済んだのですから。
で、添付の“人間宣言”ですが、
>ちゅーか、どこが「人間」宣言なんやろ?
おそらく、前述のキリスト教的神格を否定したと解釈されてやむなし。の箇所があったからではないでしょうか。
>>They are not predicated on the false conception that the Emperor is divine,
のくだりとか。しかし、divineは通例、限定用法なので、直後には何かしらの名詞が欲しいんです。英訳がドヘタだったんだな(苦笑)。せめて、the Divine Beingかなぁ。もひとつ。falseとは酷い。この言葉には“人を騙す意図があることを暗示”とあります。剥き出しの悪意なのか。wrongの方が適切でしょう。
“架空の”ならば、imaginary か fancifulあたりが適切か。
>日本人には分かる、大事なシグナルが隠されていたわけですな。(。-_-。)
明治天皇の遺訓をお継ぎになろうとしている。と読み取れますよね。大筋として。
ただ、阿呆なメディア等は恣意的に、そうとは解釈しなかったということか・・・・・。
ここら辺にも、昭和天皇の悲劇があるのかも。
ちょぱさんの指摘される、リズムの違いについては、もう少し詰めたいと思います。
では。
これは メッセージ 17046 (chopper8111362 さん)への返信です.
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