丁髷さんへ
投稿者: randy_castilloo 投稿日時: 2008/03/09 19:37 投稿番号: [16656 / 22816]
こんばんはランディーです。
>こんばんは。内藤大助はマラソンの土佐礼子にちょっと似ていることに気づいた。丁髷です。
すると土佐礼子の夫は内藤大助に欲情・・・うむ
ありえますね。
>
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=36798>↑は、北トピでの拙稿です。
はい。当時も読ませていただきました。
でもこちらで議論ですか・・・残念。
本当はあちらでやれれば向こうにとっても有意義なのでしょうが
実は、昨日もまさに「論客」足る人材が来ても連中の非論理性に
呆れ、結局は離れてしまった。本当に残念な事です。
まさに「悪貨が良貨を駆逐する」を実感するわけです。
>神でもない人間が、感情を排することが不可能である以上、人間は差別をする生き物だと考えます。
そうですね。俺も「人間の本能」として同意見です。
>しかし、「推定無罪」をすっとばしたかのような、短絡的な正義感がくっつくと様相は一変します。「目的の為なら手段選ばず」にも堕すでしょうね。自分の欲望を疑うことが無いとこうなります。「愛国無罪」のノリでね。
さらに「反社会的」で無い限りに於いてという前提がありますので、
たとえば議論に於いては「要件」と「範囲」が不明瞭だと問題ですね。
>日本は法治国家ですから。法が100%公平だと述べるつもりはありません。立法者だって人間ですから。ならば、その不備を論ずるべきなんです。その為には、自国に対して厳しい批判を加えなければなりません。
まさにその通りなのですよ。
我々保守は「法」を凌駕する「情緒」を支持しないだけなのです。
>差別が許されるのは個人的レベルまで。そこから先のことは法律に委ねる。そして、立法に携わる人間及び法律、そして売国的メディア等にあれこれ批判とかを加えるべし。という結論にします。
彼らに共通して感じるのは「公」の意識というか、
重大性を理解していないんじゃないか?と感じるんですよ。
つまり本能としての差別心をどこまでコントロールできるか
という意味でもあるのですが。
まぁ
とどのつまり「差別問題」の議論の本質は「ただの技術論」なのですけどね(笑
これは メッセージ 16652 (chonmage_johney さん)への返信です.
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