ランディさんへ。あっちのヨコ
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2008/03/09 01:00 投稿番号: [16652 / 22816]
こんばんは。内藤大助はマラソンの土佐礼子にちょっと似ていることに気づいた。丁髷です。
さて、韓トピを見たら、差別云々の話題をされていたようなので、ちょこっと。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=36798
↑は、北トピでの拙稿です。
>>人間の行動基準と価値判断は、第一に、『好きか嫌いか』によると思います。
神でもない人間が、感情を排することが不可能である以上、人間は差別をする生き物だと考えます。分かり易い例として、“えこひいき”とか“好みの異性のタイプ”。だって、そこで『差』を付けて、『別』にしますから。「○○○○は好きだor嫌いだ」のレベルで止めれば、基本的に問題はないと思いますし、機会の平等とかが憲法等で保障されていれば、資本主義の国にとって、少々の差別は、社会のダイナミズムを形成するのに一役買うものだと、敢えて申しておきます。
例えば、ビートたけしは、売れる前、某TV局に行ったとき、プロデューサーとかから、素っ気なく扱われていたようですが、売れっ子になったら、そのプロデューサーは、「タケちゃーーん」と手を振りながら近づいて来たそうです(北野ファンクラブでネタにしていました・笑)。アイリッシュのU2やエンヤが、あれほどのスターになれたのは、根底に、イングリッシュから歴史的に差別されてきた歴史があるからではないかと。
しかし、「推定無罪」をすっとばしたかのような、短絡的な正義感がくっつくと様相は一変します。「目的の為なら手段選ばず」にも堕すでしょうね。自分の欲望を疑うことが無いとこうなります。「愛国無罪」のノリでね。
いや、「出ていけ」という気持を抱くまではいいんです。ヒトは前述の通りですから。ただ、その原因が違法行為等に基づくものならば、感情ではなく、『法による判断』にシフトチェンジしないといけないんじゃないか。ということなんです。日本は法治国家ですから。法が100%公平だと述べるつもりはありません。立法者だって人間ですから。ならば、その不備を論ずるべきなんです。その為には、自国に対して厳しい批判を加えなければなりません。
今の法律で、退去が可能ならば、それを論ずるべきなんです。本気で帰って欲しいのならね。
この辺りが、韓トピ常連保守モドキ(名指しはしませんが)に欠落している最大の箇所と見ます。
ま、単なる感情の吐露と見ればいいんでしょうが、ならば、大上段から正義を振りかざすのは、どうかと思いますね。
差別が許されるのは個人的レベルまで。そこから先のことは法律に委ねる。そして、立法に携わる人間及び法律、そして売国的メディア等にあれこれ批判とかを加えるべし。という結論にします。
余談ですが、あっちの某投稿者は、ちょぱさんへのレスで、
>>退出願いましょう。
という表現を何度も用いていますね。丁寧に書いたつもりなんでしょうが、「願う」というのは、相手の善意に縋る。場合によってはアタマを下げるということですから、立派なフニャチンだと。と噴き出してしまいました。
どう考えたって、「はいそうですか」ってなるわけねーじゃん(笑)。
「私(我々)が話せば解る」といった、学級会並の誤信をしているようで(失笑)。
さて、韓トピを見たら、差別云々の話題をされていたようなので、ちょこっと。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=36798
↑は、北トピでの拙稿です。
>>人間の行動基準と価値判断は、第一に、『好きか嫌いか』によると思います。
神でもない人間が、感情を排することが不可能である以上、人間は差別をする生き物だと考えます。分かり易い例として、“えこひいき”とか“好みの異性のタイプ”。だって、そこで『差』を付けて、『別』にしますから。「○○○○は好きだor嫌いだ」のレベルで止めれば、基本的に問題はないと思いますし、機会の平等とかが憲法等で保障されていれば、資本主義の国にとって、少々の差別は、社会のダイナミズムを形成するのに一役買うものだと、敢えて申しておきます。
例えば、ビートたけしは、売れる前、某TV局に行ったとき、プロデューサーとかから、素っ気なく扱われていたようですが、売れっ子になったら、そのプロデューサーは、「タケちゃーーん」と手を振りながら近づいて来たそうです(北野ファンクラブでネタにしていました・笑)。アイリッシュのU2やエンヤが、あれほどのスターになれたのは、根底に、イングリッシュから歴史的に差別されてきた歴史があるからではないかと。
しかし、「推定無罪」をすっとばしたかのような、短絡的な正義感がくっつくと様相は一変します。「目的の為なら手段選ばず」にも堕すでしょうね。自分の欲望を疑うことが無いとこうなります。「愛国無罪」のノリでね。
いや、「出ていけ」という気持を抱くまではいいんです。ヒトは前述の通りですから。ただ、その原因が違法行為等に基づくものならば、感情ではなく、『法による判断』にシフトチェンジしないといけないんじゃないか。ということなんです。日本は法治国家ですから。法が100%公平だと述べるつもりはありません。立法者だって人間ですから。ならば、その不備を論ずるべきなんです。その為には、自国に対して厳しい批判を加えなければなりません。
今の法律で、退去が可能ならば、それを論ずるべきなんです。本気で帰って欲しいのならね。
この辺りが、韓トピ常連保守モドキ(名指しはしませんが)に欠落している最大の箇所と見ます。
ま、単なる感情の吐露と見ればいいんでしょうが、ならば、大上段から正義を振りかざすのは、どうかと思いますね。
差別が許されるのは個人的レベルまで。そこから先のことは法律に委ねる。そして、立法に携わる人間及び法律、そして売国的メディア等にあれこれ批判とかを加えるべし。という結論にします。
余談ですが、あっちの某投稿者は、ちょぱさんへのレスで、
>>退出願いましょう。
という表現を何度も用いていますね。丁寧に書いたつもりなんでしょうが、「願う」というのは、相手の善意に縋る。場合によってはアタマを下げるということですから、立派なフニャチンだと。と噴き出してしまいました。
どう考えたって、「はいそうですか」ってなるわけねーじゃん(笑)。
「私(我々)が話せば解る」といった、学級会並の誤信をしているようで(失笑)。
これは メッセージ 16595 (randy_castilloo さん)への返信です.
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