悲しいサヨクのための嬉遊曲

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一神教と保守論

投稿者: randy_castilloo 投稿日時: 2008/03/05 20:19 投稿番号: [16344 / 22816]
丁髷さん、こんばんはランディーです。

いやぁ   急に話題を変えちゃってすみません(笑
保守主義の許容する範囲を提示する一環として、アリなネタかなと思いまして。


>宗教改革を経て本来のキリスト教に戻り、それまでのタテの契約(神対人間)からヨコの契約(人間対人間)という概念が広まっていき、それは近代資本主義が生まれるきっかけとなったと。おそらく、その昔パウロが提唱した二分法(信仰と行動の峻別)も同時に進んでいったかと想像します。当人同士が対等でないと、売買契約も社会契約も成立しませんから。

なるほど。
宗教とリアリズムですか。
対人間なら余裕で不条理撤廃を仕掛ける事もできる訳ですからね。

原始的な、いわゆる「掟」から、より高度に「法」に発展するプロセスに於いて、
具体的には他民族などの関与が大きい訳ですが、当時も「同化」か「排他」の
選択の結果、主観的価値観である「宗教」から客観的価値観の「法」の厳格化
と高度化(細分化)から、その解決を見出そうと試みたのでしょうか。


>当人同士が対等でないと、売買契約も社会契約も成立しませんから。

「契約」という概念に「心理的対等」と「貨幣価値の対等」の
2つの基準が認められますね。

つまり不平等条約によって国益が担保されるかは、数的基準よりも
心理的対等との評価があれば成立しちゃうようなもんですかね。

たとえば、目盛りの無い容器しかない状況で、ジュースを2人で分け合う場合、
一方がジュースを注ぐ権利、もう一方が注いだジュースのどちらかを選ぶ権利を
与える事によって心理的対等は成立します。

しかし契約概念がより厳格化していくと共に、数値化しにくい心理的評価は
淘汰され、おっしゃる通り「価値の対等化」が求められるようになったのでありましょう。


>会社や国家などの契約が人間関係からほとんど分離している。あくまで文面勝負なのに対して、村落や家族というのは、まだ血の通ったところがある。少々の契約違反だったら、何らかの赦しが与えられていたということでしょうか。

主婦(夫)業も貨幣価値に基づく正当な評価を求める時代ですし。
おっしゃるとおり原始共同体レベルに於いては「赦し」までが許容範囲と言えますね。
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