人間。この劇的なるもの。
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2007/05/02 13:02 投稿番号: [12986 / 22816]
おはようございます。
>悩むという事こそ、人に与えられた最大級の苦痛であり快楽でしょうかね・・・
♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか〜。
♪みんな悩んで大きくなった!(@野坂昭如・サントリー。だったかな・・・・?)
という訳で(どんな訳だ?!)、人間だれしも、年齢や立場相応の悩みというものがある筈です。それを乗り越え、又は背負い込むことによって、人間としての深みとか味わいが出てくるのでしょうね。
その対処の仕方の拠り所となるのが、個人及び民族固有の習慣や過去に裏打ちされた感情(感性)だと思います。
>僕は人間を人間たら締める物とは、理性じゃなく感情だと思っています。
そうですね。よく言われるように、人間は感情の動物であります。ただそれだけでは人間社会が円滑に動きませんから、理性も当然に求められると。あたかもその対極にあるかのような二つの概念の間を、絶えず行ったり来たりする・・・。
まさに、人間。この劇的なるもの(@福田恆存)であります。
>自由意識、言葉どおりに内なる自分を自由自在に操る事は・・・できるのでしょうか?僕はこの意識の限界の外にしか存在しえぬと思います、完全に自分を客観視できる視座がなければ・・・無理っぽいですね。
ご指摘のように、人間はどこかで自分自身を持て余す場面が出てきますよね。言い換えれば、人間にとって一番どうにもならないのが人間であると。そこで、宗教の出番となってくるのだと考えます。一遍上人の言葉で、くれよんさんが、ある種の爽快感を覚えたというのは象徴的ですね。
付け加えれば、自分にとって一番どうにもならないのは自分である。という考えは、道徳に繋がってくるはずです。
で、道徳とは何か。と問われれば、私は、民族の間で永らく共有されてきた価値観なり美感だと思っています。因みに、英語ではmoral ですが、原義が『風俗習慣』となっています。
もし、理性という言葉が、道徳というそれに換言できるのであれば、
>理性とは冷徹な損得勘定のロジック、それこそが自然界の生物が普遍に支配される法であると思います。
ここはちょっと、私とくれよんさんとでは見解を異にするかな・・・。と思います。人間の感情(感性)の中に、それが内包されているのではないかと・・・。「ここは理を優先させるべき」。といった感情(感性)をも人間は当然に有しているのではないかと、経験上からもそう考えます。
>自然界の生物が普遍に支配される法
この場合は、弱肉強食・盛者必衰・自然淘汰・適者生存などといった言葉が、自分としてはしっくりきますね。あ、これじゃ、法ではなくて『掟』ですね^^
もちろん、
>理性とは冷徹な損得勘定のロジック
という側面は否定いたしませんが。
なんか、とりとめのないレスで、失敬。
>悩むという事こそ、人に与えられた最大級の苦痛であり快楽でしょうかね・・・
♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか〜。
♪みんな悩んで大きくなった!(@野坂昭如・サントリー。だったかな・・・・?)
という訳で(どんな訳だ?!)、人間だれしも、年齢や立場相応の悩みというものがある筈です。それを乗り越え、又は背負い込むことによって、人間としての深みとか味わいが出てくるのでしょうね。
その対処の仕方の拠り所となるのが、個人及び民族固有の習慣や過去に裏打ちされた感情(感性)だと思います。
>僕は人間を人間たら締める物とは、理性じゃなく感情だと思っています。
そうですね。よく言われるように、人間は感情の動物であります。ただそれだけでは人間社会が円滑に動きませんから、理性も当然に求められると。あたかもその対極にあるかのような二つの概念の間を、絶えず行ったり来たりする・・・。
まさに、人間。この劇的なるもの(@福田恆存)であります。
>自由意識、言葉どおりに内なる自分を自由自在に操る事は・・・できるのでしょうか?僕はこの意識の限界の外にしか存在しえぬと思います、完全に自分を客観視できる視座がなければ・・・無理っぽいですね。
ご指摘のように、人間はどこかで自分自身を持て余す場面が出てきますよね。言い換えれば、人間にとって一番どうにもならないのが人間であると。そこで、宗教の出番となってくるのだと考えます。一遍上人の言葉で、くれよんさんが、ある種の爽快感を覚えたというのは象徴的ですね。
付け加えれば、自分にとって一番どうにもならないのは自分である。という考えは、道徳に繋がってくるはずです。
で、道徳とは何か。と問われれば、私は、民族の間で永らく共有されてきた価値観なり美感だと思っています。因みに、英語ではmoral ですが、原義が『風俗習慣』となっています。
もし、理性という言葉が、道徳というそれに換言できるのであれば、
>理性とは冷徹な損得勘定のロジック、それこそが自然界の生物が普遍に支配される法であると思います。
ここはちょっと、私とくれよんさんとでは見解を異にするかな・・・。と思います。人間の感情(感性)の中に、それが内包されているのではないかと・・・。「ここは理を優先させるべき」。といった感情(感性)をも人間は当然に有しているのではないかと、経験上からもそう考えます。
>自然界の生物が普遍に支配される法
この場合は、弱肉強食・盛者必衰・自然淘汰・適者生存などといった言葉が、自分としてはしっくりきますね。あ、これじゃ、法ではなくて『掟』ですね^^
もちろん、
>理性とは冷徹な損得勘定のロジック
という側面は否定いたしませんが。
なんか、とりとめのないレスで、失敬。
これは メッセージ 12972 (kureyonjin さん)への返信です.
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