Re: 実話小説:希望!?
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2007/01/25 22:10 投稿番号: [11445 / 22816]
こんばんは。
相変わらず今は中央日報の記事は読めませんが引用してくださった部分からとチョビ姫さまのコメントから。
>19世紀頃に台頭した強い民族主義が現在の‘韓国病’の発症時期だと考える事は…出来ませんか?
19世紀かぁ。
今韓国外の中国周辺諸国の歴史も勉強しているのですが、あの時代はほとんどの東南アジア諸国が西欧列強との関係で民族意識に目覚めてくる時期ですからねぇ。アヘン戦争で中国が醜態をさらしたのがみんなショックだったんだろうな。
日本も例外にあらず。
というか、日本が先駆けてその意識を発信しようとしたんでしょう。自国だけで西洋人全部を相手にするのはさすがに負担だったんだろうし。でも、真っ先に選んだ相手が李朝の朝鮮だったことがボタンの掛け違えでしたね。
>19世紀以前に『拝金主義と名誉欲』『個人への擦り寄り主義』の病巣が
これはどうもあったみたいですよ。
イザベラ・バード、シャルル・ドレ、それからもっとまえに朝鮮半島に漂着して抑留生活を送ったハメルとかいうオランダ人が書き残したものによると。
>合併症を併発したのであれば
合併症というか、過度の民族主義の方が
>『拝金主義と名誉欲』『個人への擦り寄り主義』
の副作用のような気が私にはします。
あっと、ちなみに古代ローマでの市民権の概念は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E6%B0%91%E6%A8%A9
>共和制古代ローマにおける男性の自由民は、投票権を持って政治に参画するとともに、兵士として共同体の防衛義務を果たした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%B8%82%E6%B0%91%E6%A8%A9
>ローマは、徐々にこの市民権を他部族、他民族、果ては解放奴隷にも与え、広大な帝国を形成させていった。前1世紀の同盟市戦争を契機にイタリア半島の諸都市に市民権が拡大された。その後、地中海世界が統一され帝政に入ると、さらに市民権は拡大されていき、最終的には212年にカラカラ帝が発したアントニヌス勅法により、帝国内の全自由民に市民権が与えられた。
で、最終的には帝国内の奴隷身分以外の人々すべてに与えられた(イタリア半島住民であろうと属州民であろうと)ので財産の多寡には関係なかったのです。『ローマ人の物語』全15巻を書き上げた塩野七生氏もそう書いていました。
全自由民に市民権を与えるというのはかなり行き過ぎでそこから派生した問題も多かったけど、「ローマという国(共和制であろうと帝政であろうと)」のために武器を取って戦う意志のある人々にはすべて市民権を与えるという発想だったみたい。
ここにこそ「世界市民」という概念が人間性になじむかどうかの鍵があるんじゃないですかねぇ〜
と、パンクしかけた頭で考えるリラでありました。
ケケケケケッ〜〜
相変わらず今は中央日報の記事は読めませんが引用してくださった部分からとチョビ姫さまのコメントから。
>19世紀頃に台頭した強い民族主義が現在の‘韓国病’の発症時期だと考える事は…出来ませんか?
19世紀かぁ。
今韓国外の中国周辺諸国の歴史も勉強しているのですが、あの時代はほとんどの東南アジア諸国が西欧列強との関係で民族意識に目覚めてくる時期ですからねぇ。アヘン戦争で中国が醜態をさらしたのがみんなショックだったんだろうな。
日本も例外にあらず。
というか、日本が先駆けてその意識を発信しようとしたんでしょう。自国だけで西洋人全部を相手にするのはさすがに負担だったんだろうし。でも、真っ先に選んだ相手が李朝の朝鮮だったことがボタンの掛け違えでしたね。
>19世紀以前に『拝金主義と名誉欲』『個人への擦り寄り主義』の病巣が
これはどうもあったみたいですよ。
イザベラ・バード、シャルル・ドレ、それからもっとまえに朝鮮半島に漂着して抑留生活を送ったハメルとかいうオランダ人が書き残したものによると。
>合併症を併発したのであれば
合併症というか、過度の民族主義の方が
>『拝金主義と名誉欲』『個人への擦り寄り主義』
の副作用のような気が私にはします。
あっと、ちなみに古代ローマでの市民権の概念は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E6%B0%91%E6%A8%A9
>共和制古代ローマにおける男性の自由民は、投票権を持って政治に参画するとともに、兵士として共同体の防衛義務を果たした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%B8%82%E6%B0%91%E6%A8%A9
>ローマは、徐々にこの市民権を他部族、他民族、果ては解放奴隷にも与え、広大な帝国を形成させていった。前1世紀の同盟市戦争を契機にイタリア半島の諸都市に市民権が拡大された。その後、地中海世界が統一され帝政に入ると、さらに市民権は拡大されていき、最終的には212年にカラカラ帝が発したアントニヌス勅法により、帝国内の全自由民に市民権が与えられた。
で、最終的には帝国内の奴隷身分以外の人々すべてに与えられた(イタリア半島住民であろうと属州民であろうと)ので財産の多寡には関係なかったのです。『ローマ人の物語』全15巻を書き上げた塩野七生氏もそう書いていました。
全自由民に市民権を与えるというのはかなり行き過ぎでそこから派生した問題も多かったけど、「ローマという国(共和制であろうと帝政であろうと)」のために武器を取って戦う意志のある人々にはすべて市民権を与えるという発想だったみたい。
ここにこそ「世界市民」という概念が人間性になじむかどうかの鍵があるんじゃないですかねぇ〜
と、パンクしかけた頭で考えるリラでありました。
ケケケケケッ〜〜
これは メッセージ 11431 (drchobihige さん)への返信です.
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