Re: 皆様、嘘つきの嘘の証明です
投稿者: gorugo031 投稿日時: 2010/06/30 08:42 投稿番号: [306 / 558]
>>苦しい弁解ですね。しかし、朝鮮日報に掲載された記事のタイトルは「最古の太極旗の絵が発見」ですよ?それも三種類の旗を掲載し、右から左へ時代を経へて今のデザインに近くなった韓国国旗の経緯が分かります
>なるほど・・・。 あなたは中央の旗は大清國属高麗国旗という文字も含めたものがデザインだとお考えなのですね。
何を馬鹿な解釈しているのですか?(笑)国旗に文字が含まれるなどとは一言も書いてませんよ。姑息なすり替えは止めてください。
>中央の旗が考案された時点で文字が旗の一部だったと。。。
旗の一部ではなく、資料の一部です。勝手に私の意見を変えないでください。また中央の旗はウィキペディアにあるように、「海上国家の旗」(1882年7月米海軍省発行)に掲載された旗と同じものです。それが現時点で知りえる最も古い太極旗図案のルーツなのです。その事は無視ですか?
1882年米海軍省発行「海上国家の旗」に掲載
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/97/Taegukgi.jpg
メッセージNo260
>あのね、高麗国旗という説明文の入った旗は 1886年に清国の李鴻章編『通商章程成案彙編』に収録されたものですよ。朝鮮の初めての国旗図案ではないのです。
それは違います。貴方はウィキの記述を読んでないのですか?初めての図案かはともかく「海上国家の旗」に掲載された旗は、現時点で発見された最も古い太極旗のルーツであり、左端の「朝鮮国旗」より古いのは確かですね。よって、上記の貴方の主張は間違いである事が判明しました。(笑)最後に改めてウィキペディアを読んだ処、以下の事が分かり結論に至りました。
●客観的視点からの結論
1、「海上国家の旗」(1882年7月米海軍省発行)に掲載された旗が現時点で知り得る最も古い太極旗図案のルーツである。
2、それと全く同じものが「通商章程成案彙編」(1886年清国発行)に掲載されている。
3、その図案とほぼ同じものが後に大韓帝国国旗に採用されている。
(※違いは四卦の位置が左右逆)
4、左端の「朝鮮国旗」(1882年8月作成?)の図案は、後の大韓帝国には採用されていない。
5、後に大韓帝国国旗の元となる旗が1882年7月以前に、すでに存在した筈のなのに同年8月、日本へ渡航の際、それを使わなかったのか疑問が残る。
よって、以上の太極旗の図案化の経緯を知る上でも、上記の資料は重要である。それを感情的理由だけで学者でも無い一編集者の立場で資料の一部である「大清國属」の文字だけをカットする行為は、歴史捏造又は歪曲に繋がりかねない行為であり、非常識である。
それにしても韓国は不思議な国ですよね?属国時代に図案化された旗を、その時代を誇るかのように、基本的構図は変えず、今でも国旗として採用しているのですから!(笑)それも古代中国発祥の易学を元にした図案でしょう?朝鮮民族独自のものじゃない。・・・だから、それらを踏まえ、太極旗は別名「属国旗」と日本人から揶揄されるのです。
>なるほど・・・。 あなたは中央の旗は大清國属高麗国旗という文字も含めたものがデザインだとお考えなのですね。
何を馬鹿な解釈しているのですか?(笑)国旗に文字が含まれるなどとは一言も書いてませんよ。姑息なすり替えは止めてください。
>中央の旗が考案された時点で文字が旗の一部だったと。。。
旗の一部ではなく、資料の一部です。勝手に私の意見を変えないでください。また中央の旗はウィキペディアにあるように、「海上国家の旗」(1882年7月米海軍省発行)に掲載された旗と同じものです。それが現時点で知りえる最も古い太極旗図案のルーツなのです。その事は無視ですか?
1882年米海軍省発行「海上国家の旗」に掲載
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/97/Taegukgi.jpg
メッセージNo260
>あのね、高麗国旗という説明文の入った旗は 1886年に清国の李鴻章編『通商章程成案彙編』に収録されたものですよ。朝鮮の初めての国旗図案ではないのです。
それは違います。貴方はウィキの記述を読んでないのですか?初めての図案かはともかく「海上国家の旗」に掲載された旗は、現時点で発見された最も古い太極旗のルーツであり、左端の「朝鮮国旗」より古いのは確かですね。よって、上記の貴方の主張は間違いである事が判明しました。(笑)最後に改めてウィキペディアを読んだ処、以下の事が分かり結論に至りました。
●客観的視点からの結論
1、「海上国家の旗」(1882年7月米海軍省発行)に掲載された旗が現時点で知り得る最も古い太極旗図案のルーツである。
2、それと全く同じものが「通商章程成案彙編」(1886年清国発行)に掲載されている。
3、その図案とほぼ同じものが後に大韓帝国国旗に採用されている。
(※違いは四卦の位置が左右逆)
4、左端の「朝鮮国旗」(1882年8月作成?)の図案は、後の大韓帝国には採用されていない。
5、後に大韓帝国国旗の元となる旗が1882年7月以前に、すでに存在した筈のなのに同年8月、日本へ渡航の際、それを使わなかったのか疑問が残る。
よって、以上の太極旗の図案化の経緯を知る上でも、上記の資料は重要である。それを感情的理由だけで学者でも無い一編集者の立場で資料の一部である「大清國属」の文字だけをカットする行為は、歴史捏造又は歪曲に繋がりかねない行為であり、非常識である。
それにしても韓国は不思議な国ですよね?属国時代に図案化された旗を、その時代を誇るかのように、基本的構図は変えず、今でも国旗として採用しているのですから!(笑)それも古代中国発祥の易学を元にした図案でしょう?朝鮮民族独自のものじゃない。・・・だから、それらを踏まえ、太極旗は別名「属国旗」と日本人から揶揄されるのです。
これは メッセージ 297 (h369jp さん)への返信です.
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