Re: いやー、ちょっと見ない間に
投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2011/08/09 21:44 投稿番号: [63 / 131]
佐田白茅の
「竹島松島朝鮮附属ニ相成(あいなり)候(そうろう)始末」
も同じ事。
当時、朝鮮は日本人の上陸を許していなかった。
ただ対馬藩の者のみ釜山の倭舘に上陸を許していた。
佐田白茅は対馬藩士に化けて、倭舘に行ったので対馬経由、
鬱陵島にもリアンクール島にも行っていない。
彼は、日本人が勝手に鬱陵島にくるのを、朝鮮人が問題視しているのを
聞きかじったにすぎない。
彼は、征韓論を唱えている。
「朝鮮が国書を受理しないのは皇国を辱めるものであるから、その罪を問い、
軍隊を送って一挙に攻め込めば、五十日を出でずして国王を捕虜にできる。」
と言っているくらいだから、朝鮮の味方などしていない。
歴史は一部だけを見ず、全体を見ようね。
dondon5656jp君の証拠としているものは、証拠にならないよ。
よって朝鮮人は独島を知らなかった。
知ってたら、「独島」
なんて名前をつけず、元の名前でいうはず。
たぶん、日本統治後に知ったから、「独島」
という名前をつけたのだろう。
終わり
これは メッセージ 61 (anti_mainas_shikou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022057/cddega4odabaafa4nnnez_1/63.html