竹島は朝鮮の領土

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Re: いやー、ちょっと見ない間に

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2011/08/09 21:25 投稿番号: [61 / 131]
当時の地図の竹島・松島はどちらも鬱陵島です。

これは、名前の混乱から説明しなければなりません。


《 1787年、鬱陵島はフランス軍艦学校のLepaute Dagelet教授によって発見され

   "Dagelet"と名付けられる。

1789年、イギリスの探検家、James Colnettが同じく鬱陵島を発見し、

   "Argonaut"と命名。

   このダージュレー島とアルゴノート島は、それぞれ違う緯度と経度だった為、

   欧米の地図には2つの鬱陵島が描かれた。



シーボルトは日本地図を作製するときに、日本の諸文献や地図から、隠岐島と

朝鮮半島の間に、松島 (現・竹島) と竹島 (現・鬱陵島) があることを知る。

かつヨーロッパの地図には、日本寄りにダジュレー島、朝鮮寄りにアルゴノート島が

描かれていた事から、ダジュレー島を松島に、アルゴノート島を竹島として地図を作製した。



本当の竹島 (旧・松島) は1849年で、フランス船、Liancourt号によって発見され、

この船の名前をとってリアンクール島と名づけられた。

また、1855年にはイギリスのホーネット号 (Hornet) が同島を見つけ、

その後イギリスでは、「Hornet Rocks」   という名称で表れる。


1854年に、ロシア軍艦のパルラダ号が鬱陵島の位置を精測。

   結果、アルゴノートの経緯度が不正確で、「現存せず   」と注記される。


1855年ウィルヘルム・ハイネは、シーボルトの図やその他の最新の知識を加えて

   地図を作製。北西部の第一島をアルゴノート、

   中央の第二島をダジュレーまたは松島、

   南東部の第三島は島名を挙げずに、イギリス軍艦ホーネット1855年と記す。


欧米の誤った地図が日本に逆輸入、勝海舟(1823-1899)は大日本沿海略図を作製。

ここに出てくる   「リアンクール」   は現在の竹島 (旧・松島)。

そして鬱陵島 (旧・竹島) が   「松島」   として誤って記入される。

さらに島が現存しない場所に、「竹島」   という島名が見える。


1876年、青森県士族・武藤平学は、鬱陵島の材木伐採や鉱山開発などの計画をたて、

   外務省に   「松島開拓之議」   を提出。

   ここでいう松島は、欧米系の誤った地図の鬱陵島を指す》


さて、

>1875年に日本陸軍が作成した朝鮮全図には竹島・松島がはっきり記載されて

とdondon5656jp君は言っているね。

  その地図は勝海舟のつくった地図で、「松島」   は鬱陵島、

「竹島」   は実際に存在しない位置の鬱陵島だったんだけどね。

  とうじ、日本の竹島はリアンクール島だったんだよ。
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