Re: 菜食主義への批判に関して
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/03/04 00:55 投稿番号: [9938 / 63339]
そういえばまだ言ってませんでしたが,私は,捕鯨賛成の立場です。
>結果論的に不可逆的なことが起きたとしても、それが予めわかっていたことではないのです。悪い結果が予想できたらすぐ、方向転換できるように予防原則的な手法も必要ですが、それも科学技術が進まないと無理です。
私はこれは「科学技術」の問題ではないと思いますけどね。
たとえば自分自身の不完全性とかから人間全体を投影したとしても,たとえば「神」のような完全な人間はおそらくは一人としていないということは簡単に想像がつくわけですよねえ?
つまり,その不完全性故に,あらかじめ「不可逆的な」取り返しのつかない事態が起こるということは,容易に予測できるわけですから,その予測不可能性に対して,行動を控えることは「無理」と言い切るのはいかにも無責任に感じますがどうでしょうか?
たとえば,西表島で,ハブを退治する為にマングースを入れて,イリオモテヤマネコの食性が荒らされたり,全国の河川に釣りの為にブラックバスやブルーギルを入れたりしたことは,明らかに人間の計画的な都合によってなされたわけですが,もうマングースを壊滅できないし,ブルーギルも全滅させることは不可能です。
また,牛肉生産の為に飼料として使った肉コップンによって,BSEが発生したことは,多くの反捕鯨の立場の人たちが主張している、「コントロールできないクジラ」に対して,「コントロールできる家畜」に対する大前提そのものが,根底から否定されることになりました。
※ つまり,「人間に簡単にコントロールできる「自然」なんて,無い。」ということを大前提として「人間は常に謙虚であるべきだ」ということを私は言いたいのです。
>人間は地球を知る為には地球に積極的にかかわらないと不可能です。
>泳ぎを覚える為には水に入らないと駄目だというヘーゲル的な認識論がそこにあります。
※地球のことを科学的に知ることは大事です。しかし私たち人類は,どんなに知りえたとしても「すべて」を知りうることはできないという内面の謙虚さと,その膨大な知識量をしてもなおかつ解明できない自然に対する畏敬の念を持って,慎重に「壊れ物でも触るような気持ちで」地球に接するべきではないでしょうか?
>人間の理性を絶対視するつもりはありませんが、人間は理性に従って生きるしかないのです。
>大事なことは、神や自然など、他人任せにせず、人間が主人公になって、自然を制御することだと思います。
そんなことは無い。
上記の意味で,このお考えには,断固反対します。
※私の前に貴方がいて、貴方が自然に対して何らかの働きかけをしていたら,きっと私は貴方の行動を押しとどめると思います。,
>結果論的に不可逆的なことが起きたとしても、それが予めわかっていたことではないのです。悪い結果が予想できたらすぐ、方向転換できるように予防原則的な手法も必要ですが、それも科学技術が進まないと無理です。
私はこれは「科学技術」の問題ではないと思いますけどね。
たとえば自分自身の不完全性とかから人間全体を投影したとしても,たとえば「神」のような完全な人間はおそらくは一人としていないということは簡単に想像がつくわけですよねえ?
つまり,その不完全性故に,あらかじめ「不可逆的な」取り返しのつかない事態が起こるということは,容易に予測できるわけですから,その予測不可能性に対して,行動を控えることは「無理」と言い切るのはいかにも無責任に感じますがどうでしょうか?
たとえば,西表島で,ハブを退治する為にマングースを入れて,イリオモテヤマネコの食性が荒らされたり,全国の河川に釣りの為にブラックバスやブルーギルを入れたりしたことは,明らかに人間の計画的な都合によってなされたわけですが,もうマングースを壊滅できないし,ブルーギルも全滅させることは不可能です。
また,牛肉生産の為に飼料として使った肉コップンによって,BSEが発生したことは,多くの反捕鯨の立場の人たちが主張している、「コントロールできないクジラ」に対して,「コントロールできる家畜」に対する大前提そのものが,根底から否定されることになりました。
※ つまり,「人間に簡単にコントロールできる「自然」なんて,無い。」ということを大前提として「人間は常に謙虚であるべきだ」ということを私は言いたいのです。
>人間は地球を知る為には地球に積極的にかかわらないと不可能です。
>泳ぎを覚える為には水に入らないと駄目だというヘーゲル的な認識論がそこにあります。
※地球のことを科学的に知ることは大事です。しかし私たち人類は,どんなに知りえたとしても「すべて」を知りうることはできないという内面の謙虚さと,その膨大な知識量をしてもなおかつ解明できない自然に対する畏敬の念を持って,慎重に「壊れ物でも触るような気持ちで」地球に接するべきではないでしょうか?
>人間の理性を絶対視するつもりはありませんが、人間は理性に従って生きるしかないのです。
>大事なことは、神や自然など、他人任せにせず、人間が主人公になって、自然を制御することだと思います。
そんなことは無い。
上記の意味で,このお考えには,断固反対します。
※私の前に貴方がいて、貴方が自然に対して何らかの働きかけをしていたら,きっと私は貴方の行動を押しとどめると思います。,
これは メッセージ 9921 (goethe_j_wolfgang さん)への返信です.
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