Re: akkxgfm55f さんへ 1/2
投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/10/04 09:55 投稿番号: [60156 / 63339]
ハイ、ダラダラ長い「感想文」がモッペ・恥部・ブロンガーくんとそっくりなhoreさん初めまして♪
>あなたはそれを不幸ととらえるようですが、牛にとっては一種の楽な生活でもあるでしょう。
野原を自由に駆け巡って好きな場所で好きな餌を選び、交配相手をライバルと奪い合い、子を生み育て・・・というこれ等全て本能に根差した営為を強制的に押さえつけられて生きるのは「楽」であって、そんな「楽」な生ですら人間で言えば精々20歳程度の年齢で100%、逃げる事すら適わない状態で奪われるのが幸せである、と?
肉質を良くする為に去勢されたり、筋張りをなくす為に極端に運動を制限して生涯何百メートルも歩かないまま屠殺されたりする場合もありますが、到底遺伝子が想定してないであろうそんな状態にも「慣れる」「退化的変化(遺伝対応が無いんだから一世代・個体中で?w)」から彼等は幸せである、と?
しかし「狩られて殺され、食われる事」が遺伝的に織り込み済みであるイルカ・クジラに対し、「狩って殺し、食う事」は「残酷」で「酷い事」で「イルカ・クジラが可哀想なので、罷りならん」と?
生物進化の過程を考えてみれば、地球上ほぼ全ての野生動物の遺伝子には「狩られて殺され、食われる可能性」が織り込み済みです。
イルカやクジラは人間による捕殺だけでなく、自然界に於いても天敵のシャチや、幼い頃は鮫にも食い殺されますが、捕食者との「体躯の差の小ささ」故に捕食者から「即死させて貰える」ケースはまず有りません・・・ですが、それは遺伝子的に「想定の範囲内」である、という事です。
人間が↑の野生動物が持つ遺伝対応の範囲で狩猟する事は許容できないが、「自分が食いたい牛肉豚肉という食材確保」の為には、
「家畜は本能を無理やり押さえつけられても慣れるから不幸でもなんでもない」
と自分を納得させるワケだ?w
>新たに必要になるとすれば、不自由を耐える為の忍耐力位かな?
つまりキミは自由を奪われた「奴隷の生」を生きる事は大して苦にならない、と思ってるんだね?
つまり「生まれ変わるならイルカクジラよりも家畜に生まれて奴隷の生を生きたい」と。その価値観そのものを否定はしませんw
>そして「殺される事」の情報は遺伝子には関係ないと思うんです。
遺伝情報が伝わるのは生殖によりますよね、その生殖は生きている間に
行われますから、決して「殺される事」の情報が織り込まれることは
ないと思います。
では一体何故、何千万年もの時間を掛けて「殺されない為の遺伝形質」が研鑽されてきたのかキミのアタマで答えられるかな?w
「殺される事」を想定してないのに「殺される事を防ぐ為の形質」、逃げ足が速くなったり、甲羅を持ったり、群れで生活したり、その中で見張り・斥候の役を果たす個体が居たり、或いは兎や山羊・羊の様に捕殺の瞬間に苦痛を感じない様に仮死状態に陥ったり・・・etc,etc・・・?
これ等↑全て「殺されない為」或いは「殺される時に苦痛を感じないで済む為」に何千万年という永い時間を掛けて得てきた物で、「殺される事」の意味を「知ってる」からこそ、それに対応してきた結果です。
つまり、先に何度も書いた「自由に生きる事を本能とする遺伝情報」と同じく「殺される事を想定した遺伝情報」も生命の中に「織り込み済み」という事。
よって、イルカクジラが「狩られて殺される事」は遺伝子想定内の対応ですが、「奴隷の生」は遺伝子想定外の対応を強いられるので、より苦痛が大きい、という事になります。
>私は大変でも何でもないと思います。
そう思い込まないと遺伝的に不自然な苦痛を強いた牛豚の肉を食いながら、「本能に想定済みの対応で済む」捕鯨イルカ漁に反対できないもんねェ・・・w
>あなたはそれを不幸ととらえるようですが、牛にとっては一種の楽な生活でもあるでしょう。
野原を自由に駆け巡って好きな場所で好きな餌を選び、交配相手をライバルと奪い合い、子を生み育て・・・というこれ等全て本能に根差した営為を強制的に押さえつけられて生きるのは「楽」であって、そんな「楽」な生ですら人間で言えば精々20歳程度の年齢で100%、逃げる事すら適わない状態で奪われるのが幸せである、と?
肉質を良くする為に去勢されたり、筋張りをなくす為に極端に運動を制限して生涯何百メートルも歩かないまま屠殺されたりする場合もありますが、到底遺伝子が想定してないであろうそんな状態にも「慣れる」「退化的変化(遺伝対応が無いんだから一世代・個体中で?w)」から彼等は幸せである、と?
しかし「狩られて殺され、食われる事」が遺伝的に織り込み済みであるイルカ・クジラに対し、「狩って殺し、食う事」は「残酷」で「酷い事」で「イルカ・クジラが可哀想なので、罷りならん」と?
生物進化の過程を考えてみれば、地球上ほぼ全ての野生動物の遺伝子には「狩られて殺され、食われる可能性」が織り込み済みです。
イルカやクジラは人間による捕殺だけでなく、自然界に於いても天敵のシャチや、幼い頃は鮫にも食い殺されますが、捕食者との「体躯の差の小ささ」故に捕食者から「即死させて貰える」ケースはまず有りません・・・ですが、それは遺伝子的に「想定の範囲内」である、という事です。
人間が↑の野生動物が持つ遺伝対応の範囲で狩猟する事は許容できないが、「自分が食いたい牛肉豚肉という食材確保」の為には、
「家畜は本能を無理やり押さえつけられても慣れるから不幸でもなんでもない」
と自分を納得させるワケだ?w
>新たに必要になるとすれば、不自由を耐える為の忍耐力位かな?
つまりキミは自由を奪われた「奴隷の生」を生きる事は大して苦にならない、と思ってるんだね?
つまり「生まれ変わるならイルカクジラよりも家畜に生まれて奴隷の生を生きたい」と。その価値観そのものを否定はしませんw
>そして「殺される事」の情報は遺伝子には関係ないと思うんです。
遺伝情報が伝わるのは生殖によりますよね、その生殖は生きている間に
行われますから、決して「殺される事」の情報が織り込まれることは
ないと思います。
では一体何故、何千万年もの時間を掛けて「殺されない為の遺伝形質」が研鑽されてきたのかキミのアタマで答えられるかな?w
「殺される事」を想定してないのに「殺される事を防ぐ為の形質」、逃げ足が速くなったり、甲羅を持ったり、群れで生活したり、その中で見張り・斥候の役を果たす個体が居たり、或いは兎や山羊・羊の様に捕殺の瞬間に苦痛を感じない様に仮死状態に陥ったり・・・etc,etc・・・?
これ等↑全て「殺されない為」或いは「殺される時に苦痛を感じないで済む為」に何千万年という永い時間を掛けて得てきた物で、「殺される事」の意味を「知ってる」からこそ、それに対応してきた結果です。
つまり、先に何度も書いた「自由に生きる事を本能とする遺伝情報」と同じく「殺される事を想定した遺伝情報」も生命の中に「織り込み済み」という事。
よって、イルカクジラが「狩られて殺される事」は遺伝子想定内の対応ですが、「奴隷の生」は遺伝子想定外の対応を強いられるので、より苦痛が大きい、という事になります。
>私は大変でも何でもないと思います。
そう思い込まないと遺伝的に不自然な苦痛を強いた牛豚の肉を食いながら、「本能に想定済みの対応で済む」捕鯨イルカ漁に反対できないもんねェ・・・w
これは メッセージ 60143 (hore149 さん)への返信です.
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