Re: ベトナム戦争批判回避陰謀論は誤り
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/09/16 08:15 投稿番号: [59208 / 63339]
>・クジラ知的生物論
>クジラの巨大な脳容積や、音波によって同族間の緊密なコミュニケーションを>とっているらしいこと、ヒトと同様の哺乳類である事を挙げて、「知能が高い>動物を食べるのは残酷である」とする意見
>この意見から・・・・・それでは人間は???????
>という矛盾が発生してくるんですよね。
このタイプの反捕鯨論というのは非常にプリミティブなものですね。
わりと原始的な自然への畏怖とか、敬意を源流にしているものと
思われます。
もちろん論理的な議論をすると簡単に言い負かされる論理なのですが、
にもかかわらず人間と自然環境の関わりの中で永い事大きな意味を
持ってきた考え方なので、簡単に捨て去るのはどうかと思います。
たとえば日本の水産庁も多いに利用している国連食糧農業機構(FAO)
水産委員会のFishBaseという大規模データベースやECOPATHwithECOSIM
という海洋生態系/食物ウェブの大規模ソフトウェアを中心になって開発
した水産学者にダニエル・ポーリーというカナダ、ブリティッシュコロンビア
大学の半アフリカ系の人がいます。
彼がドイツの大学院にいた頃、アフリカの小漁村でフィールドワークを
やって論文を書いてたのですが、そこで経験したことから、ポーリーは
非科学的叡智の資源管理論的意味を説明しています。
(On the Sex of Fish and the Gender of Scientists /Daniel Pauly/First edition 1994)
14 On reason, mythologies and natural resource conservation 118
第14のエッセイ
【理性、神話と自然資源の保全について】
放牧場や森林、入り江、浅瀬礁等々、世界的に自然資源が破壊されており、それが
その生産物に対する必要の増大局面で起きているというのは皮肉である。
21世紀にはより多くのわれわれがいるというのにもかかわらず、この破壊が
もたらすものが悲劇的な帰結ではないとはちょっと言えそうも無い。
14.1 ガーナ、サクモ・ラグーン:古い神話
1971年に私は5ヶ月間西アフリカで過ごした。’西アフリカ小ラグーンでの
生態系と漁業について’ (Pauly1975, 1976)という修士論文のデータを集めるため
である。
ガーナのテマ近郊、サクモラグーンで魚を獲っている漁民の行動様式に私は
頭をひねった。彼らはラグーンのすぐ近くの村に住んでいて、パートタイム
漁師であろうがフルタイム漁師であろうが、どのような場合にも一度に4時間
以上魚を捕ることは稀である。採れるのは決まってティラピアSarotherodon
melanotheronで、普通3kgから5kg収穫してそれを近くのアクラ−テマ街道で
通りかかる車やトラックのドライバーに売る。
4kgの漁獲は1971年10月だと1ニューセディ(約1米ドル)に
相当し、当時のガーナ労働者の平均的な日収(約0.75米ドル)を
上回る。なぜ彼らはもっと魚を獲らないのだろうか。金を使って
もっと良い漁具を買い、ラグーンの魚を捕り尽くそうとしないの
はなぜなのかと考えた。
>クジラの巨大な脳容積や、音波によって同族間の緊密なコミュニケーションを>とっているらしいこと、ヒトと同様の哺乳類である事を挙げて、「知能が高い>動物を食べるのは残酷である」とする意見
>この意見から・・・・・それでは人間は???????
>という矛盾が発生してくるんですよね。
このタイプの反捕鯨論というのは非常にプリミティブなものですね。
わりと原始的な自然への畏怖とか、敬意を源流にしているものと
思われます。
もちろん論理的な議論をすると簡単に言い負かされる論理なのですが、
にもかかわらず人間と自然環境の関わりの中で永い事大きな意味を
持ってきた考え方なので、簡単に捨て去るのはどうかと思います。
たとえば日本の水産庁も多いに利用している国連食糧農業機構(FAO)
水産委員会のFishBaseという大規模データベースやECOPATHwithECOSIM
という海洋生態系/食物ウェブの大規模ソフトウェアを中心になって開発
した水産学者にダニエル・ポーリーというカナダ、ブリティッシュコロンビア
大学の半アフリカ系の人がいます。
彼がドイツの大学院にいた頃、アフリカの小漁村でフィールドワークを
やって論文を書いてたのですが、そこで経験したことから、ポーリーは
非科学的叡智の資源管理論的意味を説明しています。
(On the Sex of Fish and the Gender of Scientists /Daniel Pauly/First edition 1994)
14 On reason, mythologies and natural resource conservation 118
第14のエッセイ
【理性、神話と自然資源の保全について】
放牧場や森林、入り江、浅瀬礁等々、世界的に自然資源が破壊されており、それが
その生産物に対する必要の増大局面で起きているというのは皮肉である。
21世紀にはより多くのわれわれがいるというのにもかかわらず、この破壊が
もたらすものが悲劇的な帰結ではないとはちょっと言えそうも無い。
14.1 ガーナ、サクモ・ラグーン:古い神話
1971年に私は5ヶ月間西アフリカで過ごした。’西アフリカ小ラグーンでの
生態系と漁業について’ (Pauly1975, 1976)という修士論文のデータを集めるため
である。
ガーナのテマ近郊、サクモラグーンで魚を獲っている漁民の行動様式に私は
頭をひねった。彼らはラグーンのすぐ近くの村に住んでいて、パートタイム
漁師であろうがフルタイム漁師であろうが、どのような場合にも一度に4時間
以上魚を捕ることは稀である。採れるのは決まってティラピアSarotherodon
melanotheronで、普通3kgから5kg収穫してそれを近くのアクラ−テマ街道で
通りかかる車やトラックのドライバーに売る。
4kgの漁獲は1971年10月だと1ニューセディ(約1米ドル)に
相当し、当時のガーナ労働者の平均的な日収(約0.75米ドル)を
上回る。なぜ彼らはもっと魚を獲らないのだろうか。金を使って
もっと良い漁具を買い、ラグーンの魚を捕り尽くそうとしないの
はなぜなのかと考えた。
これは メッセージ 59170 (rucifar6_6_6 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019607/ja7dfa4ha5afa58a5ijdd8n_1/59208.html